中国が世界のCO2排出削減をリードする


国際環境経済研究所主席研究員

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 鉄鋼の国民一人当たり見かけ消費という指標がある。国単位で算定され、下式のとおり、その国の年間鉄鋼国内生産量に輸入量を加え輸出量を減じた値を、その国の総人口で除して求める。鉄鋼は産業の基礎的資材であり、道路、橋梁、トンネル、ビルなどの社会インフラや、自動車、家電製品等、さまざまな製品に加工され利用される。見かけ消費量はその定義からわかるように、その国内で加工され製品化されることで消費された鉄鋼の量を示しており、総人口で除した一人当たり鉄鋼見かけ消費は、その国の経済発展の状況をきわめてよくあらわしている。指標は一般的にその国の経済成長期に急増する。社会インフラの整備と産業の拡大が相互に関連して進むためであり、いわゆる先進国型のインフラが整備され産業が発展し、先進国型の経済に到達するとピークを示し、そののち漸減、あるいは一定の値でほぼフラットになる傾向がある。

 日本の場合、この指標は1955年頃100kg/人を超え、1970年頃には600kg/人に急増し、その後800kg/人にまで増加したのち、550kg/人前後で現在推移している。Worldsteel(世界鉄鋼連盟)が発表している国民一人当たり鉄鋼見かけ消費の最近20年間の推移を、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、日本、そして中国について図1に示す。中国を除く、先進国とされている5か国を見ると、国民一人当たり鉄鋼見かけ消費には差があることがわかる。各国とも経済発展段階での急増の過程を経て、現在は各国の産業構造を反映した指標となっている。GDPの中で製造業の占める割合の多いドイツと日本は同じくらいの500kg/人台であり、産業の内容に応じてイギリスの180kg/人から、アメリカの340kg/人にばらついている。

一人当たり鉄鋼見かけ消費推移

図1 一人当たり鉄鋼見かけ消費推移
Worldsteel資料より作成

 一方、中国の一人当たり鉄鋼見かけ消費量は2000年ごろに100㎏/人を超え、2000年代にイギリス、フランス、アメリカを抜き、2010年ごろからは日・独とほとんど同じ500kg/人を超える水準に達している。図からわかるように、現在は英、仏の2倍以上、米国の1.5倍である。中国は重厚長大型の産業による経済発展が一段落し、産業活動においてはいわゆる先進国型になったと言われるが、見かけ消費量の水準が高く、さらに2012年以降は横這いになっていることから、国民一人当たり鉄鋼見かけ消費量も先進国型経済をよく表していると考えられる。

 アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を発表し、技術や資金面での協力に距離を置く姿勢を見せる中、中国は協定遵守の姿勢を明確にし、一昨年のダボス会議において習国家主席は「パリ協定のすべての締約国は、これに背を向けることなく推進すべき。未来の世代にわれわれが負うべき責任である」と発言した。鉄鋼業の例を見ても、CO2排出削減の面からみれば政府の指導力の強さは、今のところ良い方向に作用しているようである。鉄鋼業においては過剰生産能力の調整がようやく進みだしており、その過程で課題であった近代化に遅れた効率的に見劣りする製鉄所の淘汰が進みつつある。また、新たに建設される製鉄所は最新の技術を駆使した設備を備え、エネルギー効率が高いことがわかっており、鉄鋼業全体のCO2排出効率も改善されてきていると考えて良いだろう。

 また、旧聞に属するが、地条鋼と呼ばれる違法の鋼材生産の駆逐も、鉄鋼生産量の捕捉という観点からは大きな改善である。もともと統計外であり不正確ではあるものの、中国全体の8億t/年の鉄鋼生産の1割強に相当する約1億tの淘汰が進んだと伝えらえている。不十分な品質の、しかも環境負荷の大きい製造方法である地条鋼が駆逐されたが、減った分の生産は正規の鉄鋼メーカーが穴埋めをし、生産量がきちんと把握されることにより統計上中国の鉄鋼生産量が増えた、と伝えられている。温暖化対策面からもこのことは重要だ。従来きちんと捕捉されていなかった鉄鋼生産量からのCO2排出やその他の環境負荷が、正確に把握されることになったことになり、この面でも温暖化対策の推進には良いニュースと言えよう。

 重厚長大型産業からの排出抑制は、その削減ポテンシャルの大きさゆえに非常に重要である。経済的には若干逆行しても、それに耐えて地球環境を守ることを優先するという先進各国が取ってきた施策が、世界最大のCO2排出国であり、当面排出量が増加し続ける中国において着実に実施されるのであれば、これほど心強いことは無い。COP24において、中国は先進国対途上国との立場からの発言を多く行ったようであるが、すでに先進国型の産業構造となり、優れた技術力と強い政策実現力を備えている中国がCO2排出削減をリードできることは間違いない。中国のCO2排出削減状況から目が離せない。