COP24報告(その2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
前回報告したように 、12月8日から経団連21世紀政策研究所からの派遣により、COP24に参加している。12月15日午後10時過ぎ、ポーランド・カトビチェで開催されていたCOP24でパリ協定の実施細則が採択された。12月14日午前10時過ぎに議長テキストが出された後、断続的に各交渉グループとの調整が水面下で行われ、ひたすら「待ち」が続いた。14日夕方開催予定のプレナリー(全体会合)は何度も延期され、果ては15日午前1時以降に新テキストを提示し、午前4時にプレナリーを開催するとのアナウンスが流れた。それまでの経験に照らせば午前4時に開催するとは思われず、一度ホテルに戻ることとしたが、これは正解だった。テキストが提示されたのは15日朝になり、再びいつ開かれるともわからぬプレナリーを待つこととなった。会期末の金曜日を越え、最終局面に突入している以上、議長と各交渉グループの調整が終了し、シャンシャンで採択される見通しが立たない限り、プレナリーは開催されない。ひたすら待ち続けた末、午後9時半にようやく開会となった。
プレナリー開催が夜にずれ込んだ理由の1つはブラジルが後述する市場メカニズムの問題で駄々をこねていたこと、もう1つは気候変動枠組み条約上、附属書Ⅰ国(先進国)であるトルコが附属書Ⅰ国を対象としないGEF(地球環境ファシリティ)やGCF(緑の気候基金)からの融資を受けられるようトルコへの特別な配慮を求めていたことだそうだ。もちろん各交渉グループとともに、この2か国の「頑張り」によって延々と待たされた各国はいい面の皮である。結局、ブラジルの抵抗により市場メカニズム関連の文書は来年に持ち越され、トルコはEU等が説得にあたり、来年トルコ問題を再度協議することで抑え込んだようだ。
ようやく壇上に現れたコルティカ議長(ポーランド環境副大臣)は満面の笑みを浮かべていた。COP24で合意を得られるとの目算が立ったのであろう。会場の皆も彼を拍手で迎えた。「ようやくこれで終わる」という安心感であろう。いくつかの決定文書が次々に採択された後、パリ協定作業計画(PAWP: Paris Agreement Work Program)を構成する24の文書が一括して採択された。「It’s so decided」とコルティカ議長の木槌が下りたとたん、会場の全員が立ち上がって大きな拍手を送った。更に議長に促され、各国の首席代表が壇上にあがり、全員で記念撮影となった。パリ協定採択時以来、久々に会場全体に高揚感が満ち満ちた瞬間に立ち会えたのは幸運であった。
この高揚感は採択に至るまでの困難な交渉と表裏一体でもある。前回の投稿ではCOP24の主たる争点について報告をした が、本稿ではそれらがどう決着したかをかいつまんで紹介する。前回の報告と併せ、お読みいただきたい。
緩和
決定文書では国別目標(NDC)の通報に当たり、目標を明確化するための追加情報(例:目標設定の方法論、前提、対象分野、参照指標)、計算方法等の指針が定められた。これはすべての締約国に適用されるものであり、中国、インド等の有志途上国(LMDC)が主張していた先進国、途上国別々の指針という二分法は斥けられた。またNDCの内容はパリ協定4条に則り、緩和(温室効果ガスの排出削減・抑制)に特化され、NDCに適応、支援情報も含めるべきとのLMDCの主張はここでも採用されなかった。パリ協定の根幹である「全員参加」の考え方が堅持され、パリ協定のリオープンを意味するNDCの対象拡大が回避された意義は大きい。
透明性
先進国(特に米国)が最も重視していたのは透明性ルールである。2020年までの枠組みであるカンクン合意においては先進国と途上国とで別々の報告様式・手続きが設けられていたが、合意文書では遅くとも2024年には先進国、途上国共通の報告に移行することが定められた。報告様式、内容(排出量データ、削減目標の進捗状況等)のガイドラインは全締約国に共通であり、温室効果ガスの計測方法も先進国、途上国共にIPCC2006年ガイドラインを適用することとされた。パリ協定においては透明性ルールの適用に当たり、島嶼国、低開発国等に対して柔軟性を認めることが規定されており、今次交渉においても柔軟性付与の方法が大きな議論となった。合意文書では柔軟性の適用に関し途上国が自ら決定することとされ、専門家レビューチームは当該途上国が柔軟性を自己適用することの是非、理由については立ち入らないとされた。しかし柔軟性の自己決定に当たっては、個々の報告項目につき、柔軟性を必要とする理由、具体的な制約要因、状況改善の期限を説明することが義務付けられる。途上国の柔軟性を認めつつもパリ協定の共通フレームワークの原則が堅持されたことは大きな成果だ。中国のような大排出国が柔軟性を理由に情報開示を拒んだ場合、国際的に説明責任を厳しく問われることになる。日本の交渉方針であった中国等、新興排出国とのレベルプレーイングフィールド確保に向けた前進とみなすべきだ。
市場メカニズム
他方、JCM(Joint Crediting Mechanism)を推進している日本が重視していた6条の市場メカニズムについては残念ながら先送りとなった。これは専らブラジルが原因だ。6条の市場メカニズムには日本が推進しているJCMを含む自主的メカニズム(6条2項)、CDMの後継として国連管理の下に設置されるメカニズム(6条4項)があるが、多量のCDMプロジェクトを抱えるブラジルは今次交渉において京都議定書に基づくCDMをパリ協定下の6条4項メカニズムに移管すべきだと主張してきた。この点については経過措置として一定の期限付きで移行を認める方向で妥協が形成されつつあった。しかしここでダブルカウント禁止条項の問題が生じた。先進国も途上国も温室効果ガス目標を有するパリ協定の下では削減分を国際的に移転する場合、移転元の国の排出削減量からその分を差し引く必要がある。他方、CDMは途上国が削減目標を持たない京都議定書のメカニズムであるため、こうしたダブルカウント禁止条項は適用されてこなかった。ブラジルはそれを理由にパリ協定に移管されるCDMを適用除外とすべきと主張したのである。結局、この点についての調整が間に合わず、6条の詳細ルール全体が来年に持ち越されることになってしまった。前回の報告で触れた6条2項メカニズムに対する監督機関の設置については、専門家レビューという6条4項メカニズムに比して軽微なものとする方向が固まっていた。運営費課金問題についてもパリ協定では6条4項のみが対象と明記されており、いずれ収束すると見られていた。それだけにブラジルのごり押しによって6条全体が先送りになってしまったのは残念である。
資金問題
今次交渉における先進国の最大の狙いが二分法を乗り越えた先進国・途上国共通のフレームワークである一方、途上国の最大の目的は資金援助の拡大であった。共通フレームワークにおいて先進国が欲しいものを取るためには資金援助において譲ることが必要となる。途上国は今次交渉において9条5項に基づいて提供される資金支援情報をレビュー対象にすることを要求していたが、最終的には事務局が統合報告書を作成し、それを踏まえ隔年でワークショップ、閣僚会議を開催するということで決着した。またパリ協定採択時のCOP決定では2020年までに1000億ドルという長期資金支援目標に代わる新たな長期資金支援目標(1000億ドルを下限)を2025年までに策定することとされたが、今次決定では2020年に検討を開始することが合意された。先進国は新資金目標の早期検討開始には消極的であったが、ここでも譲ることとなった。更に合意文書では適応を含む途上国の資金ニーズをアセスした報告書を事務局が作成することが決まり、先進国の資金支援に関する統合報告書と共にグローバルストックテークのインプット情報とされる。IPCC1.5℃報告書を踏まえ、望ましい削減パスとの現実との間の「giga ton gap」が喧伝されているが、途上国支援についても支援ニーズと先進国のオファーの間の「billion dollar gap」がクローズアップされることになるだろう。先進国にとって頭の痛い問題ではあるが、資金支援と共通フレームワーク(二分法の排除)がパッケージである以上、合意形成のためには避けられない道であった。
IPCC1.5℃報告書
COP24ではパリ協定実施細則の交渉が中核であったが、NGOをはじめとする環境関係者が専らプレーアップしたのは10月に発表されたIPCC1.5℃特別報告書であった。タラノア対話では多くの閣僚が1.5℃報告書に言及し、ノルウェー、島嶼国連合のように1.5℃報告書を踏まえたNDCの引き上げを唱道する「High Ambition Coalition」も発足した。先週末の補助機関会合では1.5℃特別報告書の扱いにつき、歓迎‘(welcome)を主張する島嶼国、EUと留意(note)を主張する米国、ロシア、サウジ、クウェートの対立が顕在化した。COP24の決定文書では「COPの要請に応じて特別報告書を作成したIPCCに対して感謝を表明する」との表現が採択された。これは読んで字のごとく、IPCCの作業への感謝であり、報告書内容のエンドースではない。換言すれば1.5℃特別報告書を踏まえた野心レベルの引き上げを慫慂するものではない。事実、COP24でNDC引き上げると表明したのはマーシャル諸島くらいであり、逆にドイツは2020年目標を断念し、EUはドイツ、東欧諸国の反対により2030年目標の引き上げを見送っている。1.5℃特別報告書では2030年に世界全体で135-5500ドルの炭素税が必要とされているが、パリでは10数ドルの炭素税引き上げがイエローベストの大規模騒乱を引き起こしている。2℃目標について気候変動をめぐる理想と現実の乖離は既に明らかになっていたが、1.5℃特別報告書はこうしたギャップを更に広げることになるだろう。
COP24の評価
COP24は成功であったと言ってよい。何よりも今回の詳細ルール合意によって二分法に基づく京都議定書から全員参加型のパリ協定への移行が動き始めることには大きな意義がある。
今次交渉においては、「二分法を導入したいLMDC vs 共通フレームワークを主張する先進国」、「資金援助拡大を要求するアフリカ諸国、低開発国 vs 資金援助に慎重な先進国」という二重の対立構図が存在した。こうした中でNDC、透明性フレームワークにおいて共通のガイドラインが設定されたことは二分法に固執するLMDCの攻勢に屈せず、全員参加のパリ協定の精神を堅持したことを意味する。透明性フレームワークにおいて、柔軟性の付与が途上国の自己決定となったものの、説明責任を義務付けたことは成果である。中国等の大排出国が柔軟性を「悪用」しないよう、米国等との連携が重要であろう。他方、2020年の長期資金目標の検討開始、ニーズアセスメント報告の作成等、アフリカ諸国、低開発国等の求める資金援助拡大では途上国に一定の譲歩をすることとなった。巨視的に見れば、パリ協定のリオープン(NDCの範囲、二分法等)につながるLMDCの主張を斥ける一方、資金支援面で貧しい途上国に配慮したものとなっており、全体としてバランスのとれた合意結果であると評価できる。
今回、米国は最も重視していた透明性の共通ルールで一定の成果を得た。しかし、このことをもってトランプ政権がパリ協定離脱方針を翻意する可能性は低い。むしろ「トランプ後」をにらんで米国が復帰できる基盤ができたことを評価すべきであろう。
今回の合意によって2020年以降、パリ協定体制が動き出すことになるが、我が国にとっての課題も多い。1.5℃特別報告書が大きくクローズアップされる中で、まず2020年のNDC提出の際に2030年26%減目標を引き上げろという議論が内外で発生するだろう。しかし原発の再稼働が順調に進まず、26%目標の達成見通しが厳しくなった場合、更に目標を引き上げることは合理的ではない。1.5℃特別報告書は2023年のグローバルストックテークでも大きく取り上げられ、2025年の目標改定時にも影響を及ぼすことになるだろう。2050年ネットゼロエミッションという1.5℃特別報告書で描かれた削減パスと現実との間には途方もないギャップがある。世界第1位、第2位の排出国である中国、米国や今後排出が急増するインド、ASEAN等がそのギャップを埋めるようなNDC引き上げをするのか極めて疑問である。そもそも日本の限界削減費用も産業部門のエネルギーコストも主要国中最も高い。国際的な掛け声に乗って非現実的な目標を設定することは日本の産業競争力、経済に多大な悪影響をもたらすことになる。1.5℃~2℃目標を達成するために必要なのは空虚な掛け声やフィージビリティスタディを伴わない気合の数字ではない。重要なのは経済と両立した形で脱炭素化を可能にする技術の開発と普及である。1.5℃特別報告書に基づく「野心レベルを引き上げろ」というスローガンでは現実とのギャップが埋められないことが遅かれ早かれ明らかになる。京都議定書時代から続いている削減目標値至上主義に拘泥するのではなく、大幅削減を可能とする技術戦略をたてることが日本の取るべき道である。日本はプレッジ&レビューという枠組みを先行して提案し、京都議定書という壮大な回り道を経てパリ協定に到達した。脱炭素化の道筋についても数値目標ではなく技術重視というアプローチで世界に範を示すべきである。