電力の需給緩和策として注目!
デマンドレスポンスの可能性は?
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年5月号からの転載)
今年1月下旬から2月にかけて、東京電力パワーグリッド(PG)管内で、強い寒波や大雪の影響で電力需要が急増し、需給逼迫の事態に見舞われました。雪で太陽光発電(計700万~800万kW)の出力が大幅に低下し、加えてピーク時の電力供給を支える石油火力発電所数基(計2百数十万kW規模)が1月中旬にトラブルで停止し、稼働していなかったことが大きな要因です。東北電力など他の電力会社から電力融通を受け、さらにデマンドレスポンスを連続発動して乗り切りました。
デマンドレスポンスとは?
デマンドレスポンス(DR=需要応答)とは、電力卸市場の価格高騰時や電力需給の逼迫が予想される時に、需要家側の電力使用を抑制するなど、電力の供給状況に応じて電力需要(消費パターン)を変化させ、需給を安定化させる手法のことです。電力会社から節電の依頼を受けたDR事業者が、需要家である工場などに数時間の節電を要請し、その節電した電力(ネガワット)の対価を得ます。これをネガワット取引といい、節電に協力する企業や工場は、電気代の割引と引き換えに、節電要請があれば電力使用を減らす契約を電力会社やDR事業者と事前に結びます。
昨年4月1日に施行された改正電気事業法により、ネガワットの供給を行うDR事業者が、需要家の節電した電気を発電した電気と同等のものとして、小売電気事業者に卸供給(特定卸供給)できるようになりました。
2017年度は、東電PG、中部電力、関西電力、九州電力の4社の送配電部門が、周波数制御・需給バランス調整に必要となる調整力の公募を行い、約100万kW分のネガワットが調整力として落札されました。そのうち、約50万kW分のネガワットを東電PGから受託したのが、電力小売事業者の東電エナジーパートナー(EP)であり、その業務提携先がエナジープールジャパンです。フランスに本拠を置く欧州最大のネガワット事業者、エナジープールの日本法人で、今冬のDR連続発動の実務を主導しました。
5日連続発動の非常事態
エナジープールジャパンの市村健社長に連続発動した当時の状況についてうかがいました。
「1月22~26日にかけて5日連続で計8回のDRを発動しました。その後、2月1日と2日に各2回ずつ発動し、2月22日の発動と合わせると、計13回のDRを発動しました。初年度にこれだけの連続発動をするのは想定外でした。5日連続計8回の発動は欧州でも前例がなく、せいぜい3日連続です。30年に1度起こり得る事態でしたが、お客様の協力で1月22日に約52万kW、2日目以降も30万kW以上、平均で33万kW/回のネガワットを創出しました(図1)」
「DRは、年間数時間しか稼働しない発電所を代替する“仮想発電所”とも呼ばれています。電気の使用量は季節や時間帯によって変動します。日本全体で見れば、電力需給が逼迫するようなことは年間のうちのごく一部です。しかし、停電を起こさないために、逼迫時にも対応できるよう、電力会社はこれまでたくさんの発電所を建設してきました。しかし、電力全面自由化以降、総括原価方式による電気料金でコストを回収する時代は過ぎ去りました。DRによりピーク時間帯に時限節電し、需要を抑えることができれば、その分、発電所は少なくて済みます」
DRの実務を行う同社ネットワークオペレーションセンターを見せていただきました。3人のオペレーターがPCとモニターを見ながらキーボードを操作し、黙々と作業しています。
「当社の場合、お客様である製造業の生産ラインに当社が開発した『DRボックス』を設置し、IoT化しています。電力会社からの指令に基づき、短時間で工場の生産ラインに働きかけ、電力使用を自動制御します(図2)」
今後の可能性は?
DRの国内での可能性や課題について市村社長にうかがいました。
「猛暑や厳冬による需給逼迫への対応のほか、再生可能エネルギーの大量導入に向け、再エネの出力変動対策の調整力としてDRを活用することが期待されます。17年度の固定価格買取制度の買取費用は約2兆7000億円で再エネ賦課金は約2兆1000億円です。例えば、その0.5%の105億円を調整力・予備力拡充に充てると、DRリソースの厚みが増します。DRのkW単価は4000~5000円程度ですので、例えば、減価償却済みの石油火力発電のkW単価と比べても経済性は高いです」
――直近で何か計画は?
「ネガワットは下げDRの手法ですが、上げDR(需要家側の電力消費量を増やす手法)のルールは議論中です。18年度には数万kWの大規模な上げDRの実証を東電EPと実施する予定です。例えば、晴天で太陽光発電の発電量が需要を超えて増大し、インバランスの懸念が高まった時に、工場などでの電力使用を自動制御で増やすといった取り組みをします」
――今後のDRの課題は?
「今回の5日連続計8回のDR発動、特に1日2回計6時間の発動は多くのお客様にとって負担になりました。無事乗り切ったものの、高頻度の発動はやはり厳しい。日本のDRの制度や技術は進化の途上で、運用面の見直しが必要です。20年度以降に需給調整市場(電力系統運用者がエリア内全体の需要量と供給量を一致させるのに必要な需給調整能力を手に入れるための調達市場)が創設される予定で、私も審議会のメンバーです。政府は30年度までには、ネガワット取引が普及している米国と同水準、最大需要の6%のネガワット活用を目指しています。当社も新設市場に参入し、調整力強化に貢献していきたいと考えています」
欧米で活発に活用されているDRを日本でも普及させ、電力システムの効率化につなげることを期待したいです。