眠れる獅子 中国が目覚めたとき
-地条鋼騒動 後日談
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
地条鋼の淘汰と電炉の増強
昨年5月、「中国鉄鋼業淘汰の抜け道-地条鋼」を書いた。
中国鉄鋼業の過剰能力問題がG20でも問題となり、鉄鋼統計8億トン以外に「地条鋼」という鋼材が1億トンも存在するという話だった。李克強首相は、2017年6月末までに違法零細ミル「地条鋼」の一掃を宣言した。
中国は「上に政策あれば、下に対策あり」といわれており、「本当にできるのかな?」と多くの人が疑心暗鬼で見守っていたが、今回ばかりは真面目に実行したらしい。
一方、北京のPM2.5など環境汚染は中央政府の面子に係る問題であり、習近平国家主席指示のもと地方政府も本格的に取り組んでいる。上海にある私の会社にも環境当局が頻繁に査察に訪れるようになった。
いつもなら、ほとぼりが冷めたら徐々に復活する地条鋼設備の再稼働は難しい。
建設用鉄筋等に使われていた地条鋼を抑制した代わりに、電気炉がドンドン新設・増強されている。
国家発展・改革委 産業協調司 夏農巡視員はCISA(中国鋼鉄工業協会)理事拡大会議(2018/1/13)で次のように語った。「2017年に地条鋼の徹底取り締まりがあり、電炉の新規建設及び中周波炉(地条鋼用の設備)からの電炉改造が盛んに行われた。足元の全国の電炉基数は249基、能力にして1.24億トンであるが、昨年11月までの確認では96社のミルが中周波炉の電炉改造を計画し、新規電炉建設計画は145基、すでに建設中のものは48基で、1基50万トン換算で2018年には2400万トンの投入となる。」(連合鋼鉄HP(2018/1/16))
一方、地条鋼に代わって電炉能力が増大することについて、沙鋼集団の沈文栄主席が懸念を表している。「来年以降は、1年間に100基~120基の電炉が製造され、電炉の製鋼能力が2,000万トン~4,000万トン増加する見込みである。この増加は再来年も続き、この2年間で電炉製鋼能力が8,000万トン増から1億トン超えとなる可能性がある(中略)電炉能力を無計画に拡大することは、政府の生産能力置換政策と合致せず、鋼材需給の回復にも不利となる。一方、原料となる鉄スクラップの備蓄量は十分ではなく、電炉製鋼の時代が訪れたとはいえない」(中国鋼鉄新聞網 2017/12/21)
ニッチマーケットにバブル
鉄鉱石から鉄を製錬する高炉法と異なり、電炉法では鉄スクラップを原料とし、アーク放電という雷のような放電熱によって融解して鋼を作る。高電流・高電圧でスクラップを溶解し、不純物を取り除き成分調整して品質を安定させる点で、中周波炉という低電流・低電圧で不純物がそのまま残る低品位の地条鋼とは異なる。
陰極部には、超高温の放電熱に十分耐えられる人造黒鉛電極を用いる。急激な電炉増設に伴い、中国国内で黒鉛電極が不足し、電炉用黒鉛電極というニッチな世界で、昨年来、国際価格が高騰するバブル現象が生じている。
あわせて、電極主原料のニードルコークスは、EVのリチウム電池にも使われることから、原材料も高騰し、黒鉛電極を扱う日本のメーカーの株価が上がるという現象が起こった。
日経新聞によると東海カーボンや昭和電工は2016年末と比較して、株価が3~4倍に急伸したそうである。(日経新聞2018/1/5朝刊)
眠れる獅子が目覚めた
オーストラリアの前首相ケビン・ラッドが「中国とアメリカは衝突する運命なのか?」(TED2015)において「中国は眠れる獅子であり、目覚めたときには世界が揺れるだろう」というナポレオンの予言を紹介している。ラッドは「今日の中国は目覚めたのみならず、立ち上がり行進をしている。(中略)中国は既に世界最大の貿易国であり、輸出国であり、工業大国であり、二酸化炭素排出国だ」と述べ、日本の2倍以上のGDPを占める中国の振る舞いが世界に大きな影響をあたえていると指摘する。
The Daily NNA(アジア経済情報誌)(2018/1/5)は、「アジアで高まる中国の存在感 日本企業に何らかの影響、7割」という表題で、「現代版シルクロード経済圏構想『一帯一路』や国際開発金融機関のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を主導する中国がグローバル経済秩序をけん引する新たなリーダーとして自信を深めつつある。中国のアジア進出が日本企業に与える影響について、中国在住の日本人駐在員ら585人に聞いたところ、『中国製ライバル商品・サービスの流入や通貨政策など何らかの影響がある、ありそうだ』との回答が7割弱に上った。」と述べている。
目覚めた獅子はわれわれのすぐ隣にいる。再生エネルギー促進で国内企業促進策をとったはずの太陽電池も中国企業に席巻された。中国の政策や企業の行動が、ニッチな世界でとんでもない影響を与えることを覚悟しなければならない。