気候変動を動かす金融・投資の動き


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 第二の意義はすなわち、投資引き揚げという手段で投資家の意思を示すことで企業経営の健全化を図ることであろうが、それは気候変動という価値観からみた健全化でしかない。先に紹介したノルウェーの年金基金が投資引き揚げの対象とした日本の3電力会社の中から一例を挙げれば、沖縄電力の電源構成の95%は火力、しかも石炭が62%、石油が14%を占めている。様々な理由で原子力発電を導入することはできず、さりとて水力発電や地熱発電といった安定的な再エネの資源を持たない沖縄では、以前は石油火力発電の比率が圧倒的であった。電気料金を抑制するために石炭火力の導入を進めてきた経緯がある。
 しかしこの状況はダイベストメントによって改善し得るだろうか。わが国は全量固定価格買取制度(FIT)によって再生可能エネルギーを拡大し、火力発電比率を抑制する施策を採っており、それは沖縄においても同様である。再エネ設備の接続申込量は急増しているが、沖縄のような島嶼地域では電力系統が小規模であり、かつ九州、本州等の大規模系統から隔絶されていることから、不安定電源である再生可能エネルギーの接続可能量の限界をそれほど大きく見積もることはできない。
 長期安定的な株式投資を得れば、蓄電あるいは連系強化に向けた設備投資やバイオマスなど変動の少ない再エネの拡大に向けた投資が可能になることはあり得るだろうが、投資を引き揚げることによって短期的に火力発電依存度が低減できるとは考え難い。企業は現実社会の制約と要請の中で活動しているのであり、ダイベストメントという意思表示がかえって長期的な経営方針の転換を阻害してしまう可能性があることには留意すべきだろう。

「現実」を変えるには長期の視点が必要

 そもそもの大前提として、世界は温暖化防止という価値観だけで動いているわけではないという「現実」を指摘しておく必要がある。国際エネルギー機関(IEA)は、気候変動政策は将来的な投資のあり方に影響を及ぼすだけでなく、現存する化石燃料資産の経済性にも影響を与えうるとし、450PPMシナリオにおいては、化石燃料の発電設備容量のうち165GWは投資コスト回収前に休眠させることとなり、約1,200 億ドルもしくは初期投資の約40%が回収不能となること、さらに90GWは投資回収は可能であったとしても当初予定より早期に休眠することになるとしている注9)。しかしその一方でIEAが中心シナリオと位置づける新政策シナリオにおいては、石炭やガスなども増加し、特に中国やインド、東南アジアにおいては大規模な石炭火力の増加を予想している注10)

図2/ 新政策シナリオにおける地域別の石炭需要見通し (出典:IEA World Energy outlook 2015)

図2/ 新政策シナリオにおける地域別の石炭需要見通し
(出典:IEA World Energy outlook 2015)

 450PPMシナリオは、実現可能性はさておき、「温室効果ガス濃度を450PPMに抑制するにはこうあらねばならぬ」という逆算で描かれたシナリオなので、こうした矛盾は必然的に発生する。中国やインド等の関係者と議論すると、450PPMシナリオで求められる化石燃料火力の早期休眠や石炭資源の開発自粛といった方向性は「画に描いた餅」どころか、既に豊かな生活を手にした先進国の暴論とさえ言われることは、この連載の第1回「オバマ政権クリーンパワープランはどう動くか── パリ協定後の石炭火力発電」でもご紹介した通りだ。これは経済発展や国民へのエネルギーアクセスの確保という途上国のニーズを考えれば驚くに当たらない。エネルギー供給は、その国や地域における資源量や人口、産業構造や気象条件といった個別事情を踏まえた上で3Eの価値のバランスを取る必要があり、金融市場が気候変動対策という単一の価値観を過度に重視し、画一的な判断基準を設けることは、かえって高効率技術の普及促進に逆行することにもなりかねない。
 さらに450PPMシナリオについては、実現可能性のみならず、科学的根拠についても議論が分かれていることを踏まえる必要がある。450PPMシナリオは特定の気候感度(産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合、温度が何度上昇するのかという指標)を前提としたものであるが、気候感度のレベルについてはIPCCの第5次報告書でも1.5〜4.5℃の範囲にあるとされ、3倍も開きのある値が示されていて、推定値について科学者の間でコンセンサスは得られていない。気候感度が0.5℃違うだけで温度安定化に求められる世界全体の排出削減パスの形状は大きく異なり、石炭利用への制約度も変わってくるため、石炭からのダイベストメント論の根拠にこれを用いることの限界は付言しておきたい。
 エネルギーの供給構造を変革していくためには、長期かつ莫大な投資を必要とする。短期的な市場の意思表示に他ならないダイベストメントという手法がふさわしいのかについては今後慎重な検討を行う必要があるし、気候変動の科学の不確実性を一向に克服できないなかで、一面的・短期的な投資判断基準を個別企業に適用することには慎重でなければならない。特に海外の大学や研究機関、NGOなどが発表するレポートには初歩的な間違いが含まれていることも多い。  
 わが国の石炭火力発電所計画に関して本年5月に発表されたオックスフォード大学のスミス企業環境大学院の論文「Stranded Assets and Thermal Coalin Japan」では、日本の石炭火力はすべて5~15年で座礁資産化し、その合計額は最大約9兆円に上ると警鐘を鳴らしている。しかしすべての石炭火力が5~15年で廃止に追い込まれるという想定は、3E(安定供給・安全保障、経済性、環境性)のバランスを考慮して日本政府が決定したエネルギーミックスを根底から否定するものであり、現実性を著しく欠いている。また、各社の新設石炭火力の計画を過剰に多く見積もり、設備の償却年数を現実よりも長く想定し、座礁資産額を大きく算定する等、方法論の面でも多くの誤りや誇張した表現が指摘されている注11)。情報開示枠組みが整うことで、こうしたミスリーディングな議論が減ることを期待したいが、その実現に向けては我が国からも積極的に情報発信する必要があるだろう。

今後の動向

 金融規制当局の気候変動問題に対する関心は確実に高まっており、2015年4月にはG20 財務相・中銀総裁会合から、金融安定理事会(FSB)に対して、気候変動が金融セクターに及ぼす影響を研究するよう要請された。FSBは同年12月にマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長を座長とする民間有識者によるタスクフォース(TCFD)を設立しており、TCFDは2016年末までに気候関連財務情報に関するガイドラインを策定することとなっている。TCFDからFSBへの答申の内容によっては、今後企業の情報開示のあり方に大きな影響を与える可能性があり、これが健全な企業活動と市場の選択を促す内容となるよう、注視していく必要がある。 
 先に述べた通り、気候変動対策とエネルギー政策が一体不可分であることや、気候変動対策の科学には大きな不確実性があることを十分に踏まえた内容にしなければ、結局は実効性を持ちえないからだ。
 我々がなすべきことは、優れた環境技術を普及拡大させること、さらなる革新的技術開発に取り組むこと、そして、3Eのバランスの取れたエネルギー政策の実現を通じて、持続可能な発展をしていくことである。金融市場の選択が低炭素社会の実現につながるよう、現実的かつバランスの取れたな選択基準構築に向けた議論に我が国からも積極的に貢献していくべきだろう。

注9)
IEA 「World Energy Investment Outlook」P43 BOX1.5(http://www.iea.org/publications/freepublications/publication/WEIO2014.pdf
注10)
IEA「World Energy Outlook 2015」
注11)
国際環境経済研究所ホームページ「オックスフォード大の石炭火力座礁資産化論に異議有り」(http://ieei.or.jp/2016/05/opinion160526/

【参考文献】

1)
Quick ESG(http://sustainablejapan.jp/quickesg
2)
気候関連財務の情報開示枠組みに関する課題の指摘については、国際環境系座研究所のホームページ掲載の「気候関連財務ディスクロージャー」の課題(国際環境経済研究所主席研究員、JFE スチール技術企画部理事 地球環境グループリーダー手塚宏之氏)に詳しい。(http://ieei.or.jp/2016/06/opinion160627/)(http://ieei.or.jp/2016/06/opinion160629/
3)
大和総研調査季報 2011年 春季号 Vol.2「Engagement とDivestment 」(http://www.dir.co.jp/souken/research/report/esg/investment/cho1104_07all.pdf

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