第11話「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

印刷用ページ

(2)2013年UNSCEAR福島報告書
 UNSCEARが作成した主要な報告書の中でも、日本と深い関わりがあるのが、福島第一原発事故による放射線被ばくのレベルと影響を取り上げた2013年報告書である。事故後の2011年5月に着手された事故の影響を評価する作業には、18カ国から80名以上の専門家が参加し、その結果は、2013年10月の国連総会に報告された後、2014年4月に詳細な報告書が公表された。第9話で紹介したIAEAによる福島報告書(2015年)も、放射線被ばくに関する部分(第4章)は、多くをこのUNSCEAR報告書に依拠している。
 UNSCEAR報告書では、関係各国や国際機関から入手した情報をもとに、福島第一原発事故に関する事実関係の推移に触れた上で、放射線核種(放射性ヨウ素とセシウム)の放出・拡散・沈着状況を推定し、公衆及び作業者の被ばく線量と健康影響についての評価を行っている。また生態系が受けた放射線量とその影響についても評価を行っている。その結果については、詳細な技術的内容を含む報告書が日本語訳で読むことができる他、報告書のポイントを紹介した日本語によるファクトシートや動画も参照可能である。
 同報告書ファクトシートによれば、「UNSCEARは、事故により日本人が生涯に受ける被ばく線量は少なく、その結果として、今後日本人 について放射線による健康影響が現れる可能性も低いと判断した。」としている。もっとも、多数の科学者による技術的評価を含む報告書の性格上、公衆及び作業者の被ばく線量評価に当たっての一定の不確実性や、将来の健康影響についてのリスクに言及している部分もある。特に、スリーマイル島やチェルノブイリ原発事故の評価の経験から、長期にわたる情報収集と追跡調査の必要性についても強調されている。この点は、事故の当事国である日本が、息の長い国際的な評価作業に情報提供面で協力していくにあたり、留意すべきポイントであろう。

3.原子力安全ワークショップの開催

 7月4日には、日本政府代表部とウィーン軍縮不拡散センター(VCDNP: Vienna Center for Disarmament and Non Proliferation)の共催による原子力安全ワークショップが開催された。本年が福島第一原発事故から5周年、チェルノブイリ原発事故から30周年という節目の年であることを受け、今後の原子力安全の強化について議論を深めるために開いたものである。
 昨年、原子力安全の分野では、原子力安全条約ウィーン宣言の採択、IAEA福島報告書の作成・公表、4年にわたるIAEA原子力安全行動計画の実施完了など、一定の前進がみられた節目の年であった。しかしながら、原子力安全は終わりなき課題であり、更なる高みを目指していく必要がある。
 IAEAは昨年までの成果に基づき、原子力安全分野での今後の取り組みのための戦略文書をまとめることになっている。また、来年3月には、原子力安全条約のレビュー会合(第7回)が3年ぶりに開催される。各国の原子力安全面での取り組みが相互にチェックされる重要な機会である。このレビュー会合に向け、本年夏までに、各国は自国の原子力安全対策についての報告書を提出することになるが、その内容は昨年採択されたウィーン宣言に則って充実させる必要がある。
 ワークショップの冒頭、基調講演を行った北野充大使は、今後の重点分野として、1)原子力安全条約を含む国際的な法的枠組みの強化、2)福島第一原発事故の教訓を踏まえた緊急時対応における体制強化、国際協力、3)発電・非発電の幅広い分野で原子力の平和的利用が広がる中での、安全確保のための各国のキャパシティビルデング、4)原子力安全に関するパブリックコミュニケーションの充実、をあげた。

写真4

7月4日の原子力安全ワークショップの模様(写真出典:在ウィーン国際機関日本政府代表部)

 ワークショップでは、IAEAのレンティホ事務次長、UNSCEARのクリック事務局長からIAEAとUNSCEARの今後の取り組みの基本的考えについてそれぞれ紹介がなされた。また、日本からはG7原子力安全セキュリティグループ(NSSG)の議長を務めた臼井将人外務省国際原子力協力室長が、G7伊勢志摩サミットに提出したNSSG報告書の内容を紹介しつつ、原子力安全の分野で日本がリーダーシップを持って取り組んでいく旨述べた。その他、参加したパネリストや聴衆の間で、原子力安全に関する様々な切り口(原子力施設の安全、放射線防護、廃棄物管理、輸送安全、緊急時対応、人材育成、パブリックコミュニケーション)からの議論が活発に行われた。
 今回のワークショップは、ウィーンで原子力安全に携わる関係者の間で重点的に取り組むべき分野を再確認し、今後の対応の検討を促していく意義があったと言える。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

CTBT署名開放20周年記念閣僚級会合関連
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page3_001707.html(外務省ウェブサイト)
原子力供給国グループ(NSG)関連
・NSGソウル総会の概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/inec/page22_002647.html(外務省ウェブサイト)
http://www.nuclearsuppliersgroup.org(NSGウェブサイト)
UNSCEAR関連
http://www.unscear.org(UNSCEARウェブサイト)
・2013年UNSCEAR福島報告書
http://www.unscear.org/docs/reports/2013/15-0285_Report_2013_AnnexA_Ebook_web.pdf(日本語訳)
http://www.unscear.org/docs/revV1600166_Factsheet_rev_J.pdf(日本語ファクトシート)
https://www.youtube.com/watch?v=kbzCKYWmg2w&feature=youtu.be(日本語紹介動画)
原子力安全ワークショップ関連
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/workshopja_ja.html(在ウィーン国際機関日本政府代表ウェブサイト)
G7原子力安全セキュリテイグループ(NSSG)関連
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000159940.pdf(外務省ウェブサイト)

記事全文(PDF)