3Dプリンターのエネルギー消費削減効果
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
定量的ではなく感覚的なとらえ方だが、3D(三次元デジタル)プリンターが普及すれば、物作りに関わるエネルギー消費が大きく削減されることになるだろう。2000年代に入ってから3Dプリンターのことについて断片的な知識を持つようになってはいたが、通常の印刷という感覚から離れたものではなかった。だが、2011年にエイモリー・ロビンスの著書「Reinventing Fire」(邦題:「新しい火の創造」)を翻訳している時に、全体的な把握をする機会を得ることができた。彼がこの著述をしているのは2010年頃だから、まだ本格的なプリンターが普及する段階には入っていなかったはずだが、プリンターを使った製造プロセスが身近になるに伴って、これまで製造に必要であったエネルギーの消費が激減する可能性について簡潔にとりまとめている。
その具体的な事例を最近の報道記事で知った。自動車を量産する過程での表面塗装は結構大掛かりなプロセスになるが、この工程に3Dプリンターを利用することによって、車の形状が異なっていても、発注者の希望する色、模様、文字を表面に塗装、書き込みができるようになったというものだ。車の表面塗装には、量産する場合、塗料を静電塗装した後、大きな熱処理室で焼き付けを行うため、ここで消費される熱量は膨大なものとなる。塗料面を加熱するエネルギーよりも、処理室全体を加熱するのに消費されるエネルギーの方が大きいし、排気なり炉壁から外部へ逃げる熱損失も大きい。これを3Dプリンターでできるとすれば、プリンターヘッドから吹き出される塗料の焼き付けに高温が使われるのは極めて局所的で、自動車塗装の一台当たり熱消費量は激減するはずだ。そして、同じ機種のプリンターがあり、塗装用の素材が整っていれば、販売店で色の塗り替えなども簡単にできることになる。ここで重要なのは、車種毎に異なる仕様に応じたプリンター駆動用のソフトウエアがあれば、基本的に高度な技能を持つ者が居なくてもこの作業が可能になるということだ。
金属や樹脂の部品や製品の製造工程も、3Dプリンターに置き換えることができる分野だとされる。樹脂部品や製品を例にとると、従来工法であれば、金型に素材の樹脂を圧入するのに、素材を高温にして溶かし、加熱してある金型に押し込むのだが、3Dプリンターであれば、溶融した樹脂をプリンターから押し出して形状を作り出すため、金型も加熱炉も不要となる。高温加熱はプリンターヘッド部分でだけ行われるから、熱エネルギーの消費は大幅に下がることになる。金型自体の製作についても、熟練技術が必要なものだったが、3Dプリンターの制御ソフトを代えてやれば、いろいろな形状の金型を作ることもできるし、試作を何回も短時間の内に行える。加工業界の様相がこれから一変するかも知れない。
一方では、米国では樹脂加工のピストルを作成することができたようで、そのためのプリンターとソフトウエアが多く販売されたと報じられたことがある。銃保持についての規制が緩い米国では、弾丸を3Dプリンターでは作れないのだから趣味にしか過ぎないという論もあったようだが、このような社会悪との関係も出ることは避けられないかも知れない。だが、人間の臓器模型を精密に作ることができたことによって、医学の進歩に貢献しているというように、プラスとマイナス両面についての認識を持つ必要があるだろう。しかし、エネルギー消費という角度から見ると、この新しいツールが大きくエネルギー消費を削減することは確かで、その効果を定量的に見たものが示されることを期待している。