ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第15回
日本のミッシングマネー問題対策をどうするか
電力改革研究会
Policy study group for electric power industry reform
前回説明したとおり、日本においても、ミッシングマネー問題の顕在化は想定され、その対策として、広域機関による電源入札の仕組みが導入される。他方、comprehensiveな容量メカニズムも将来の導入をにらんで検討課題となっている。以下では、今まで紹介してきた3つのミッシングマネー問題対策、すなわち、広域機関による電源入札、comprehensiveな容量メカニズム、運転予備力需要曲線(ORDC)について、日本への導入を念頭に置きながら、比較を試みる。
図31に3つのミッシングマネー問題対策が適用される範囲を示す。図31の左半分は、2016年4月以降の日本の電力システムにおけるkW確保注58)のスキームを示しているので、まずこの部分を説明する。
縦軸のQ1は、年間の最大電力需要を示す。改正電気事業法に定める供給能力確保義務により、小売電気事業者はQ1に相当するkWを確保する義務がある。ただし、前回説明したとおり、供給能力確保義務は、現行の電気事業法に定める供給義務とは異なるので、「卸電力取引所を通じたピーク供給力へのただ乗り」により、ミッシングマネー問題が発生する懸念がある。
Q2は、TSO(送配電事業者)が確保する予備力・調整力である。小売電気事業者がQ1を確保したとしても、短い周期の需要の変動にあわせて周波数を調整するため、あるいは、突発的な需給の変動に備えるために確保する。発送電を分離すると、TSO自ら電源を保有することは難しいので、契約等で調達することになる。調達された電源は、TSOに指令されない限り発電はできない。つまり、自由にkWhを販売する権利を放棄するが、それでもこれら電源が維持されるように、TSOは、固定費相当額を負担する必要がある(最終的には、託送料金等を通じて、全需要家が負担する)。この条件が確保されている限りにおいて、Q2に相当するkWにはミッシングマネー問題は発生しない。
Q1+Q2を超える部分、すなわち図31で赤くグラデーションをつけた部分のkWは、稀頻度の事象、例えば、大規模な自然災害などを想定して、確保しておくkWである。これまでの電力システムでは、一般電気事業者が善意で確保していた。この4月以降もこのような稀頻度の事象に対する備えをするかどうかは、広域機関において今後議論される。備えるのであれば、そのためのkWを維持するコストも、最終的には、託送料金等を通じて、全需要家の負担となる。
備えることにより達成される供給信頼度の水準と、需要家のコスト負担の多寡はトレードオフの関係がある。したがって、広域機関において、達成すべき供給信頼度を、費用対効果を考慮しながら定義する必要がある。供給信頼度が定義されれば、確保すべきkWの量も決まる。
<広域機関による電源入札の役割>
2016年4月、上記のkW確保スキームとともに、広域機関による電源入札の仕組みが導入された。この仕組みが発動されるとして、まず考えられる適用対象は、ただ乗りにより採算が悪化するであろうピーク電源である。図31では、グレーで塗りつぶした四角形でそれを示している。加えて、前段で紹介した稀頻度のリスク対応のためのkWも、(必要と判断された場合には)広域機関が入札により募集することが自然である注59)。また、政府が制定した長期エネルギー需給見通しの目標を達成するために、電源の種類を特定して入札を行う可能性もある。図31では、グレーの破線で囲んだ四角形2つがこれらを示している。
以上が、広域機関による電源入札の想定される役割である。なお、図31には、comprehensiveな容量メカニズム及びORDCが導入された場合の適用範囲も示している。
<comprehensiveな容量メカニズムとORDCの場合>
comprehensiveな容量メカニズムは、基本的に安定供給のために必要なkW全てが適用対象となる。制度設計次第ではあるが、TSOが予備力・調整力に対して支払う固定費相当額も、容量メカニズムを導入すれば、全電源共通のkW価値に置き換わることになろう。
運転予備力需要曲線(ORDC)は、第12回で紹介したとおり、需給が特にタイトとなる限られた時間帯において、あらかじめ定めたルールに基づき、「電気の希少性(Scarcity)」を反映したkWh価格(プライススパイク)を発現させる。それを通じてミッシングマネー問題の緩和を期待する仕組みである。その価格は、その時間帯に消費されたkWhだけでなく、kWhを産出しないがTSOの指令に従って待機していた予備力・調整力にも適用されるので、適用範囲は、comprehensiveな容量メカニズムと理論上同じである。ただし、ミドル供給力やベース供給力は小売電気事業者との間で長期の相対契約を結ぶことが多く、限られた時間帯のプライススパイクの影響は、ピーク供給力と比べて間接的であるので、グラデーションを施している。
- 注58)
- kWには、電源もDRも該当しうる。ただし、dispatchableである必要がある。
- 注59)
- 稀頻度のリスク対応のためのkWは、通常は稼働しないため、維持費が安価なものが適している。固定費の安い経年電源、availability payment が安価なDRが有望である。