第7話「IAEA総会(下)」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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地域情勢関連決議(北朝鮮、中東)

 IAEA総会決議の中で、最も高い政治性を帯びるのが、地域情勢に関する決議である。
 毎年のIAEA総会では、北朝鮮と中東に関する決議が採択されてきている。いずれも、核の問題が地域の安全保障に密接にからむ地域であるが、その様相は両者で大分異なる。
 まず、日本の安全保障に直結する北朝鮮については、63ヶ国という過去最高の共同提案国により総会決議がコンセンサスで採択された。3回の核実験を行い、累次の安保理決議に違反しながら核関連活動やその他の挑発行為を続ける北朝鮮に対し、核の番人であるIAEAの場から、国際社会としての強いメッセージを示すものである。このメッセージには、IAEAとの関連では、北朝鮮がNPT上の義務を遵守し、包括的保障措置協定に従ってIAEAの査察を受け入れ、全ての核関連活動が平和利用目的であることを明らかにすることが含まれる。北朝鮮は1994年にIAEAを脱退しており、総会の場には北朝鮮代表団はいない。ただし、IAEAを脱退しても、北朝鮮はNPT非核兵器国の義務としてIAEAとの包括的保障措置協定に基づく査察を受けなくてはならない。北朝鮮の問題行動は誰の目にも明らかであり、また当の北朝鮮がその場にいないため、北朝鮮決議についてコンセンサスを妨げるほどの各国の立場の根本的違いはない。後はどの程度の強いメッセージを盛り込むか、主要国(特に六者会合の当事国である、日本、米国、韓国、中国、ロシア)の間での交渉により決められることになる。比較的シンプルな構図といえるが、それは北朝鮮の核問題が深刻でないことを意味するものではもちろん無い。北朝鮮がIAEAを含む国際社会との関係を断ち、世界から孤立した形で挑発行為を繰り返しているところに、イランとは異なる北朝鮮の核問題の深刻さがある。
 一方、中東地域を巡る状況はより複雑である。同地域のプレーヤーである、エジプトをはじめとするアラブ諸国、イラン、イスラエルはいずれもIAEA加盟国であり、ウィーンでもそれぞれ強い存在感を放っており、活発な外交活動を行っている。第4話でも触れたイランの核開発問題が近年はクローズアップされてきたが、より歴史の古い構造的問題としては、イスラエルがNPTに加盟せず、事実上の核保有国と目されており、これに周辺アラブ諸国が反発しているという対立構図がある。
 この構図の中、IAEA総会では、毎年アラブ諸国より、2つの決議案が提出される。一つは、中東地域の全ての国々にNPT加入をよびかけ、IAEA保障措置の適用を強化し、非核地帯の設立を後押しする「中東決議案」、もう一つは、イスラエルを名指しする形で同国の核能力の検証と報告をIAEAに求める「イスラエル核能力(INC: Israel Nuclear Capabilities)決議案」とよばれるものである。後者のイスラエル核能力決議案は、イスラエル非難を含意する、特に政治性の強いものであり、その採択を巡って各国の間で激しい駆け引きが行われる。いずれもコンセンサス採択は見込まれず、例年投票に付されてきている。中東決議案は例年採択、イスラエル核能力決議案は例年否決されてきているが、過去に一度だけ(2009年)、イスラエル核能力決議案が採択されて大きな波紋をよんだこともあり、投票結果はその時々の情勢に左右される。日本は、中東決議案については賛成する一方、イスラエル核能力決議案については、国際社会を分断するものとして反対の立場をとってきている。
 今回は、本年4-5月のNPT運用検討会議が、中東非大量破壊兵器地帯構想を巡る各国の立場の違いにより、成果文書不採択という結果に終わってから初めてのIAEA総会であり、NPTの場で作られたネガティブな雰囲気が、IAEAにも持ち込まれることが懸念された。
 いずれの決議案も、例年どおり投票に付され、前者の中東決議案は採択(賛成162、反対0、棄権14。一部パラの分割投票結果は省略)、後者のイスラエル核能力決議案は否決(賛成43、反対61、棄権33)という前年どおりの結果となった。もっとも、後者のイスラエル核能力決議案の投票結果にも見られる様に、中東問題における各国の溝は大きく、前途は多難である。

投票に付された総会決議案に対して挙手による投票を行う各国代表団(写真出典:IAEA)

投票に付された総会決議案に対して挙手による投票を行う各国代表団(写真出典:IAEA)