第6話「IAEA総会(中)」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
新たな開発目標とIAEAの役割
国際原子力機関(IAEA)総会の初日冒頭には、事務局長による演説が行われる。IAEAが現在取り組んでいる主要課題を包括的に取り上げ、今後進むべき方向性を指し示すものであり、日本の内閣総理大臣の施政方針演説、アメリカ大統領の一般教書演説に相当するものといえる。
今年のIAEA総会での演説において、天野之弥事務局長が真っ先にとりあげたのは、イランの核開発問題でもIAEA福島報告書でもなかった。天野事務局長がとりあげたのは、翌週の国連総会で採択される新たな開発目標(持続可能な開発のための2030アジェンダ)である。新たな目標で掲げられている、エネルギー、食料安全保障、栄養、保健、環境保全、水資源管理など様々な分野において、原子力技術が重要な貢献を果たせるということを、様々な具体的事例をあげながら、相当の分量を割いて紹介したのである。
天野事務局長が触れた具体的事例には、1)本年4月のネパールでの地震の際に行われた、放射線を活用した非破壊的(non-destructive)手法による建物の安全性診断や、インドネシアがIAEAとの協力で培った照射(irradiation)による食料安全技術を活用したネパールへの援助、2)アフリカでのエボラ対策としての原子力技術を活用した早期診断機材キットの送付、3)アフリカ、中南米におけるがん対策支援、などである。このほか、天野事務局長は、第2話でもとりあげたサイバースドルフのIAEA研究所の改修計画(ReNuAL: Renovation of Nuclear Application Laboratories)に触れ、IAEAによる途上国支援の拠点としての同研究所の重要性を強調しつつ、改修計画への支援を改めて訴えた。
開発分野における様々な課題克服のため、原子力技術を積極的に活用し、途上国支援に役立てる。一連の取り組みを天野事務局長は“Atoms for Peace and Development”とよんで、就任以来、積極的に取り組んできた。本年のIAEA総会における演説は、天野事務局長のこの分野における熱意を改めて示すものとなった。
日本の取り組み
天野事務局長の下でのIAEAによる“Atoms for Peace and Development”路線を日本は強く支持してきた。その理由は、第2話でも触れたが、NPTの三本柱の一つである原子力の平和的利用を進めることは、NPTレジーム強化に対する途上国の関与、支持につながり、軍縮・不拡散の推進にも資すると考えられることが一つ。もう一つは、国際的な開発課題への貢献はそれ自体が日本外交にとって重要な政策課題であることによる。
原子力の平和的利用はいわば、日本外交の二つの重要な政策である、「軍縮・不拡散政策」と「開発援助政策」が交叉する領域であるといえる。
IAEAを活用した原子力の平和的利用を後押しすべく、本年4-5月に行われたNPT運用検討会議において岸田文雄外務大臣は、「平和利用イニシアティブ(PUI: Peaceful Uses Initiative)」に対して今後5年間で2500万ドルの資金拠出を行うことを表明した。このPUIとは、IAEAが行う途上国支援のベースとなる技術協力基金を補完する資金メカニズムであり、2010年の前回のNPT運用検討会議を機にIAEAに設けられたものである。ドナー国が優先分野を選んで機動的に活用出来る仕組みとして、特に日本とアメリカが強く支持してきた。
残念ながら、2015年のNPT運用検討会議は、合意文書が採択されないまま閉幕した。今後、途上国を巻き込みながら、NPT体制を立て直していくためにも、IAEAを通じた原子力の平和的利用における途上国支援は引き続き極めて重要である。IAEA総会における一般討論演説において、日本政府代表の岡芳明原子力委員会委員長は、NPT運用検討会議で表明した上記のPUIのコミットメントを再確認しつつ、その具体策として、アフリカ、中南米、アジアにおける地域プロジェクトに対する約1.23百万ドルの拠出を表明した。対象プロジェクトは保健、放射線防護、海洋環境保全、病害虫不妊化、食料関連の5案件で、分野、裨益国も多岐にわたる。今後、各国のニーズに応じたきめ細かな支援を行っていく上での呼び水ともなり得るプロジェクトである。
総会第2日の9月15日に開催された、事務局主催による“Atoms for Peace and Development”に関するサイドイベントでは、パネリストの一人として登壇した北野充在ウィーン日本代表部大使より、日本の具体的支援についてパンフレットを示しつつ紹介し、各国やIAEAと連携しながら、きめ細かい支援を引き続き行っていくことを表明したところである。