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温室効果ガス「先進国は2050年に△80%」から「世界全体の協力が不可欠」と文言が変わったG7

この機に日本の長期目標△80%の見直しを


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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エルマウのG7合意では、IPCC第5次報告に基づいて「世界全体で△40%から△70%」という温室効果ガス削減量が提示されて、これは広く報道された。だがこのG7合意には、もっと重要な意味合いがあった: 以前のサミットで言及されていた、IPCC第4次報告に基づく「先進国全体で△80%」という文言が無くなり、「世界全体の協力が不可欠」であることが強調されたことだ。日本はこれを機会として「2050年に△80%を目指す」という実現可能性の乏しい目標を見直し、この文言を政府文書から一切排除していくべきだ。

 温室効果ガス排出量について、2050年までに先進国全体で△80%(世界全体では△50%)という数値目標は、地球温暖化問題が最重要議題になっていた洞爺湖サミット(2008年)の頃に、世界各国のリーダーが唱えるところとなった。G7でもこれを受けて、2009年のライクイラサミット以来、△80%という数値がたびたび言及されてきた。
 日本でもこれを受けて、環境基本計画についての閣議決定で、長期的な目標として2050年までに温室効果ガスの△80%の排出削減を「目指す」としていた注1)

 この△80%という数値は、元々は、IPCC第4次評価報告書(2007年)における、1000ページを超える本文の中に埋もれているあまり目立たない記述に過ぎず注2) 、要約部分ではないので詳しくレビューされることも無かったのだが、これが特に取り上げられ、政治的に注目されることになったという経緯がある。

 さて今回G7合意で言及された△40%から△70%という数値目標は、新しいIPCC第5次評価報告書(2014年)の中から採られた数値である。(該当する表についてはこちらのスライド11を参照)。
 これは通称「2度シナリオ」といわれる、地球の温度上昇が66%の確率で2度以下に抑制されるというシナリオである。

 ところで、このIPCC第5次報告で重要なことは、シナリオを提示するだけではなく、その前提条件についても述べていることである。

 前提条件としては2つあり、①技術の革新・普及が大幅に進むこと、および、②世界各国が協調して取り組むことである。今回のG7合意で、「世界全体の協力が不可欠」ということが強調されたのは、このIPCC報告を受けたものである。

 G7合意文を確認しよう。やや長くなるが、長期的な目標に関する部分について、引用する(傍線筆者)注3)

我々は世界全体での対応によってのみこの課題に対処できることを認識しつつ,世界全体の温室効果ガス排出削減目標注4) に向けた共通のビジョンとして,2050年までに2010年比で最新のIPCC提案の40%から70%の幅の上方の削減とすることをUNFCCCの全締約国と共有することを支持する。我々は,2050年までにエネルギー部門の変革を図ることにより,革新的な技術の開発と導入を含め,長期的にグローバルな低炭素経済を実現するために自らの役割を果たすことにコミットするとともに,全ての国に対して我々のこの試みに参加することを招請する。このため,我々はまた,長期的な各国の低炭素戦略を策定することにコミットする。」

 このG7首脳宣言からは、以前は言及していた「先進国全体で△80%」という文言が消滅している。G7/G8が気候変動の長期目標について言及したのは2011年にフランス・ドーヴィルで開催されたG8が最後だが、その該当箇所を引用しよう注5)

「我々は,2050年までに世界全体の排出量の少なくとも50%削減を達成するという目標をすべての国々と共有するとの我々の意図を再確認する。その際,我々は,このことが世界全体の排出量を可能な限り早くピークアウトさせ,その後減少させる必要があることを含意していることを認識する。我々は,この目的のために協力している。この努力の一部として,我々はまた,先進国全体で温室効果ガスの排出を,1990年又はより最近の複数の年と比して2050年までに80%又はそれ以上削減するとの目標を支持する。この野心的な長期目標に沿って,我々は,基準年が異なり得ること,及び努力が比較可能である必要があることを考慮に入れ,先進国全体及び各国別の中期における力強い削減を行う。同様に,主要新興経済国は,特定の年までに,対策をとらないシナリオから大幅に排出量を削減するため,数量化可能な行動をとる必要がある。」

 2011年のドーヴィル宣言と今年2015年のエルマウ宣言の違いは明瞭である。もはや、「先進国全体で△80%を目標とする」とは、一切言っていないことに注目すべきである。

 この機をとらえて、日本は△80%という目標を見直すべきであるし、その見直しの間は、今後策定される政府計画・法律や国際交渉文書などからは、「2050年に△80%」という文言は、一切排除すべきであろう。世界全体の協力が無くても先進国ないしは日本だけが△80%という数値を約束するということは、温暖化対策としても意味が薄いし、安全保障・経済という観点からはむしろ不適切だからだ。

注1)
第4次環境基本計画 2012年4月27 日
注2)
△80%が言及されているIPCCの表はこちらのp777, Box 13.7 。
注3)
エルマウG7サミット首脳宣言 (英文:Leadersʼ Declaration G7 Summit 7-8 June 2015外務省仮訳
注4)
ここの「目標」は原文ではgoalという文言が選んであり、数値目標のニュアンスのあるtargetとはわざわざ異なる文言になっている。本来は「排出削減の目的」とでも訳したほうが適切であろう。
注5)
ドーヴィルG8サミット首脳宣言(外務省訳)

 なお国内では温暖化が主要議題であったかのように大々的に1面トップで報じた新聞もあったが、実際のところでは、今回のG7では安全保障と経済が圧倒的に重要な議題であり、温暖化はそれに付け足された程度であった。合意文書の分量バランスがそれを端的に示している。合意文書は17ページにわたるが、はじめは国際経済にはじまり、それにロシアのウクライナ侵攻、中国の南沙諸島の人工島造成、イスラム国などの安全保障の問題に多くの紙数が割かれていた。温暖化は12ページ目にようやく登場するにすぎない(しかも分量は2ページ、長期目標についてはパラグラフ1つに過ぎない)。

 かつて洞爺湖サミットのころには温暖化が最重要議題とされていたのとは、国際情勢は全く様変わりしている。冷戦が終わった1989年以来、「国々は民主主義的な価値を共有するようになり、世界平和と繁栄が訪れて、温暖化が主要な問題になる」という見通しがあったわけだが、実際にはそうはならず、安全保障と経済が主要な議題に復帰した訳だ。日本の温暖化問題に対する姿勢も、この現実を踏まえる必要がある。△80%という数値の見直しはその一環である。

 ところで、世界の国々が協調しさえすれば△40%~△70%という数値は実現できるのだろうか。残念ながらそうではない。IPCCの2度シナリオは、きわめて大胆な技術の進歩普及を想定している。2050年には発電部門は世界全体でゼロCO2排出となり、2100年にはバイオ発電とCCSの組み合わせで世界全体のCO2排出を大きなマイナスの値にするとしている(これを示す図はこちらのスライド14)。数値モデルを回せばこのような答えが出ることがあるのは分かるが、このような前提条件で描いたシナリオには、実現可能性は殆ど無いと言って良いだろう。つまり、仮に世界全体が協力するとしても、IPCCの2度シナリオは、具体的な実現手段については、まるで説得力が無いものしか提示できていない。(詳しくはこちら)。

 このようなシナリオに基づいて、日本が△80%を達成すると内外に約束することは、その場しのぎの人気とりにはなるのかもしれないが、出来もしない嘘を約束し続けることになるので結局は国際的信用も失うし、国内の政策にも無用な歪みを生じることになる。いずれ見直さないと、さらに傷口が深まることになる。現時点では、米国もEUも約束草案に2050年に△80%という数字が残ってしまっている注6) 。しかし、これも実現可能性が無いので、何れ見直すことになるだろう。日本はそれに先駆けて見直しを始めればよい。

 温暖化問題に真剣に向き合うならばこそ、IPCC第5次評価報告書のシナリオの前提条件の極端さをよく理解し、エルマウのG7ではっきりした安全保障重視という国際政治の変化を認識したうえで、日本は温暖化問題への長期的対応戦略を今こそ見直すべきである。

 例えば手始めとして、執筆現在においてパブリックコメントを受け付けている「日本の約束草案(政府原案)」の冒頭の説明文「約束草案の提出について」 (p2)について検討しよう。

 原文には、“我が国の約束草案は、IPCC第5次評価報告書で示された、2℃目標達成のための2050年までの長期的な温室効果ガス排出削減に向けた排出経路や、我が国が掲げる「2050年半減、先進国全体80%減」との目標に整合的なものである”とある。

 この後半部分から、「80%減」を削除し、「目標」という文言をG7宣言の「ビジョン」で置き換えて、“我が国の約束草案は、IPCC第5次評価報告書で示された、2℃目標達成のための2050年までの長期的な温室効果ガス排出削減に向けた排出経路である「2050年までに世界全体での温室効果ガスを2010年比で40%~70%削減する」というビジョンと整合的なものである”、とすればよい。
 
 もちろん、この修正案も、「世界全体で40%~70%削減」というIPCCシナリオの技術的裏付けが非現実的である以上、満足出来るものからはほど遠い。そもそも、技術的な裏づけを欠くシナリオと整合的な目標などもあり得ない。しかし、そこには今回は目をつぶるとして、より問題が大きい△80%目標の部分について、まず改善を試みるならば、このような文言になる。

 「2050年半減、先進国全体80%減」という目標は、IPCC第4次評価報告書を踏まえて決定されてきたものである。従って、第5次評価報告書が出て、さらにG7がそれを踏まえて長期目標の文言を変更した機を捉えて、日本の△80%という目標も見直すべきである。上記「約束草案の提出について」の原文のままでは、あたかもIPCC第5次評価報告書を踏まえて「2050年半減、先進国全体80%減」となっているかのように読めてしまうという問題があるが、実は後者はIPCC第4次評価を踏まえたものである。

 どうしても約束草案で日本の長期目標に言及したければ、「2050年の長期目標はIPCC第5次評価報告書を踏まえて検討中」としておくことが適切だろう。

(目標の厳しさと基準年に関する補足): 

 2050年に△40%~△70%というエルマウG7の数字は、ドーヴィルG7の「世界全体で△50%」という数字より厳しいのか、という質問をよく受けるので、以下に説明する。まず、基準年の違いがある。エルマウG7の基準年は2010年である。ドーヴィルG7の基準年ははっきり定義されていないが、該当するIPCC報告を見てもそうであるように、1990年を基準と見るのが普通である。すると、1990年から2010年までの間に世界の排出量が31%増加しているので注7) 、1990年比で△50%というのは、2010年比であれば(131-50)/131=62%となって、△62%の削減に相当する。エルマウ宣言では「40%から70%の幅の上方の削減」というあいまいな言い方をしているが、この「上方」というのが70%よりやや低い62%ということであれば、ドーヴィルとエルマウは同じ目標を基準年を変えて言い直しただけ、ということになる。

 なお、京都議定書の交渉以来、欧州は自らに有利な1990年を基準年とすることにこだわってきたが、IPCC第5次評価報告ではデータが入手可能でキリの良い最近の年として2010年が基準年に選ばれて、またここにきて米国は2005年基準年、日本は2013年基準年など、多様な基準年が選ばれるようになったこともあり、全ての国に1990年を基準年とすることはもはや適切でないとの考えになり、エルマウでは2010年を基準年とした宣言になったようだ。

注6)
各国の約束草案は下記で確認できる:
http://www4.unfccc.int/submissions/indc/Submission%20Pages/submissions.aspx
注7)
IPCC AR5 WG3 SPM, P13, Table SPM.1, footnote 3.

※ 本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

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