MENUMENU

温室効果ガス「先進国は2050年に△80%」から「世界全体の協力が不可欠」と文言が変わったG7

この機に日本の長期目標△80%の見直しを


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


印刷用ページ

 なお国内では温暖化が主要議題であったかのように大々的に1面トップで報じた新聞もあったが、実際のところでは、今回のG7では安全保障と経済が圧倒的に重要な議題であり、温暖化はそれに付け足された程度であった。合意文書の分量バランスがそれを端的に示している。合意文書は17ページにわたるが、はじめは国際経済にはじまり、それにロシアのウクライナ侵攻、中国の南沙諸島の人工島造成、イスラム国などの安全保障の問題に多くの紙数が割かれていた。温暖化は12ページ目にようやく登場するにすぎない(しかも分量は2ページ、長期目標についてはパラグラフ1つに過ぎない)。

 かつて洞爺湖サミットのころには温暖化が最重要議題とされていたのとは、国際情勢は全く様変わりしている。冷戦が終わった1989年以来、「国々は民主主義的な価値を共有するようになり、世界平和と繁栄が訪れて、温暖化が主要な問題になる」という見通しがあったわけだが、実際にはそうはならず、安全保障と経済が主要な議題に復帰した訳だ。日本の温暖化問題に対する姿勢も、この現実を踏まえる必要がある。△80%という数値の見直しはその一環である。

 ところで、世界の国々が協調しさえすれば△40%~△70%という数値は実現できるのだろうか。残念ながらそうではない。IPCCの2度シナリオは、きわめて大胆な技術の進歩普及を想定している。2050年には発電部門は世界全体でゼロCO2排出となり、2100年にはバイオ発電とCCSの組み合わせで世界全体のCO2排出を大きなマイナスの値にするとしている(これを示す図はこちらのスライド14)。数値モデルを回せばこのような答えが出ることがあるのは分かるが、このような前提条件で描いたシナリオには、実現可能性は殆ど無いと言って良いだろう。つまり、仮に世界全体が協力するとしても、IPCCの2度シナリオは、具体的な実現手段については、まるで説得力が無いものしか提示できていない。(詳しくはこちら)。

 このようなシナリオに基づいて、日本が△80%を達成すると内外に約束することは、その場しのぎの人気とりにはなるのかもしれないが、出来もしない嘘を約束し続けることになるので結局は国際的信用も失うし、国内の政策にも無用な歪みを生じることになる。いずれ見直さないと、さらに傷口が深まることになる。現時点では、米国もEUも約束草案に2050年に△80%という数字が残ってしまっている注6) 。しかし、これも実現可能性が無いので、何れ見直すことになるだろう。日本はそれに先駆けて見直しを始めればよい。

 温暖化問題に真剣に向き合うならばこそ、IPCC第5次評価報告書のシナリオの前提条件の極端さをよく理解し、エルマウのG7ではっきりした安全保障重視という国際政治の変化を認識したうえで、日本は温暖化問題への長期的対応戦略を今こそ見直すべきである。

 例えば手始めとして、執筆現在においてパブリックコメントを受け付けている「日本の約束草案(政府原案)」の冒頭の説明文「約束草案の提出について」 (p2)について検討しよう。

 原文には、“我が国の約束草案は、IPCC第5次評価報告書で示された、2℃目標達成のための2050年までの長期的な温室効果ガス排出削減に向けた排出経路や、我が国が掲げる「2050年半減、先進国全体80%減」との目標に整合的なものである”とある。

 この後半部分から、「80%減」を削除し、「目標」という文言をG7宣言の「ビジョン」で置き換えて、“我が国の約束草案は、IPCC第5次評価報告書で示された、2℃目標達成のための2050年までの長期的な温室効果ガス排出削減に向けた排出経路である「2050年までに世界全体での温室効果ガスを2010年比で40%~70%削減する」というビジョンと整合的なものである”、とすればよい。
 
 もちろん、この修正案も、「世界全体で40%~70%削減」というIPCCシナリオの技術的裏付けが非現実的である以上、満足出来るものからはほど遠い。そもそも、技術的な裏づけを欠くシナリオと整合的な目標などもあり得ない。しかし、そこには今回は目をつぶるとして、より問題が大きい△80%目標の部分について、まず改善を試みるならば、このような文言になる。

 「2050年半減、先進国全体80%減」という目標は、IPCC第4次評価報告書を踏まえて決定されてきたものである。従って、第5次評価報告書が出て、さらにG7がそれを踏まえて長期目標の文言を変更した機を捉えて、日本の△80%という目標も見直すべきである。上記「約束草案の提出について」の原文のままでは、あたかもIPCC第5次評価報告書を踏まえて「2050年半減、先進国全体80%減」となっているかのように読めてしまうという問題があるが、実は後者はIPCC第4次評価を踏まえたものである。

 どうしても約束草案で日本の長期目標に言及したければ、「2050年の長期目標はIPCC第5次評価報告書を踏まえて検討中」としておくことが適切だろう。

(目標の厳しさと基準年に関する補足): 

 2050年に△40%~△70%というエルマウG7の数字は、ドーヴィルG7の「世界全体で△50%」という数字より厳しいのか、という質問をよく受けるので、以下に説明する。まず、基準年の違いがある。エルマウG7の基準年は2010年である。ドーヴィルG7の基準年ははっきり定義されていないが、該当するIPCC報告を見てもそうであるように、1990年を基準と見るのが普通である。すると、1990年から2010年までの間に世界の排出量が31%増加しているので注7) 、1990年比で△50%というのは、2010年比であれば(131-50)/131=62%となって、△62%の削減に相当する。エルマウ宣言では「40%から70%の幅の上方の削減」というあいまいな言い方をしているが、この「上方」というのが70%よりやや低い62%ということであれば、ドーヴィルとエルマウは同じ目標を基準年を変えて言い直しただけ、ということになる。

 なお、京都議定書の交渉以来、欧州は自らに有利な1990年を基準年とすることにこだわってきたが、IPCC第5次評価報告ではデータが入手可能でキリの良い最近の年として2010年が基準年に選ばれて、またここにきて米国は2005年基準年、日本は2013年基準年など、多様な基準年が選ばれるようになったこともあり、全ての国に1990年を基準年とすることはもはや適切でないとの考えになり、エルマウでは2010年を基準年とした宣言になったようだ。

注6)
各国の約束草案は下記で確認できる:
http://www4.unfccc.int/submissions/indc/Submission%20Pages/submissions.aspx
注7)
IPCC AR5 WG3 SPM, P13, Table SPM.1, footnote 3.

※ 本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

記事全文(PDF)



温暖化の政策科学の記事一覧