原発再稼動は経済的にマイナス?
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
「原発の発電コストは上がっているのだから、再稼動の経済効果はむしろマイナス」という議論は更に理解に苦しむ。確かに原子力の発電コストは総合資源エネルギー調査会発電コスト検証グループが行った試算では、原子力に追加的安全対策、廃炉費用、事故対策費用、再処理費用等を上積みし、更にそれぞれのコストを倍増する感度分析も行ったが、2014年、2030年いずれの断面で見ても、発電量の膨大な原子力の発電コストは依然として化石燃料火力よりも低い。しかもこのコスト比較はモデルプラントによるものであり、既設の原発が再稼動されることになれば、そのコストは更に低いものになる。したがって原発再稼動の経済的効果としては、化石燃料輸入代替効果と、以前より上昇したとはいえ、依然、化石燃料火力よりも、そして当然ながら再生可能エネルギーよりも発電コストが低いことによる電力コスト節約効果がある。
しかし一番理解できないのは、温暖化防止が必要という立場に立っていながら、再稼動には反対というロジックだ。上記の「再稼動の経済的メリットはマイナス」を主張された方は、他方で「温暖化防止のために再生可能エネルギーを推進すべき」との立場を取っておられる。再生可能エネルギーを推進する論者は、例外なく、温暖化対策のみならず、将来の化石燃料輸入依存の低下、燃料費節約効果への貢献を指摘している。現在はコストが高いが、将来の化石燃料価格上昇のことを考えれば、現在のコストを将来のコスト節約で相殺できるというロジックだ。しかし、化石燃料価格の低下を理由に、再稼動の経済的メリットを否定するのであれば、原子力よりもはるかにコスト高の再生可能エネルギーを推進する経済的理由など皆無になる。それとも原子力を論ずるときと再生可能エネルギーを論ずるときで化石燃料価格の想定を変えているのであろうか。だとすればダブルスタンダードに他ならない。
・・・・というような反論をしたところ、それに対する直接の答はなく、「原子力は安全性に問題があり、事故があれば日本はおしまい。再生可能エネルギーは温暖化対策、化石燃料枯渇のためにコスト高でも導入すべき」という、よく聞かれる意見が返ってきた。「化石燃料が枯渇するというならば、化石燃料価格は上昇するはずであり、原発全停止の国富流出効果や再稼動の経済的メリットを否定する議論と矛盾するはずなのだが・・・・」と思いつつ、こうなると冒頭の水掛け論になってしまうので、丁重に議論を打ち切らせていただいた。
ロンドンに身をおいて日本でのエネルギー政策議論を見ていると、エネルギー安全保障、エネルギーコストの低減、温室効果ガス低減という、往々にして両立の難しい政策目的を実施するために、再生可能エネルギー、原子力を含め、いろいろな手段を組み合わせるという発想ではなく、原子力を手段から排除するということが自己目的化しているような議論がしばしば目につく。燃料価格上昇を理由に原発全停止の影響を小さく見せる一方で、原油価格低下を理由に再稼動のメリットを否定するという珍妙な議論も、脱原発から全ての議論が始まるからであろう。日本で再生可能エネルギー推進を唱える人々の間で「原子力をやめて再生可能エネルギーに」という議論がしばしば見られることは残念なことだ。ちなみに原子力オプションを支持する論者に再生可能エネルギー不要論を唱える人はいない(少なくとも私は承知していない)。本来、どちらも化石燃料依存を低下させ、温室効果ガス削減にも役立つ技術なのに、どうして両方使おうという発想ができないのだろうか。
脱原発がある種の宗教になっているドイツでは望むべくもないのかもしれないが、英国には「パンドラの約束」製作に関与したマーク・ライナースや、元英国グリーンピース事務局長のスティーブン・ティンダールのように「温暖化対策のためには再生可能エネルギーだけではなく原子力も必要」という環境関係者がいる。そういう議論は日本では望めないのであろうか。