経済成長と温暖化対策の両立ーデカップリングは本当か?

デフレ脱却が日本の温室効果ガス削減の条件


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 4月下旬に、欧州連合(EU)の東京代表部で駐日EU大使、フランス大使、英国大使、ドイツ大使、スウェーデン大使、デンマーク大使などによる気候変動政策に関するシンポジウムがあった。各国大使の発言については連載をしている「地球環境とエネルギー」6月号の「山本隆三の快刀乱麻」をご覧戴きたいが、多くの大使の説明にあったのは、経済成長をしつつ二酸化炭素(CO2)排出量を削減するというデカップリング(成長とCO2排出量の分離)が可能ということだった。
 「だから、日本もCO2削減に取り組みつつ経済成長を実現できる」と、各国大使が主張したのだが、欧州諸国で可能だったことが、経済とエネルギー供給の状態が異なる日本でも達成できるとは限らない。最後に説明するように、日本がデカップリングを達成するためにはデフレ脱却が必要との条件もある。
 デカップリングを実現するためには、いくつかの方法がある。CO2排出量を削減しつつ、経済成長を達成する方法の一つはエネルギー消費量が少ないが付加価値額の高い産業を育成することだ。即ち、産業構造をエネルギー多消費型から消費量が少ないが付加価値額の高い産業に転換すればよい。単位当たりのエネルギー消費を削減する節エネを行い、エネルギー効率の上昇を実現することでも消費量の削減が可能だ。
 同じエネルギー量を消費しても、CO2が減少することもある。例えばCO2排出量が多い石炭から排出量が相対的に少ない天然ガスに一次エネルギーの消費が移れば、CO2排出量は削減される。
 欧州諸国はどのようにしてデカップリングを達成したのだろうか。また、同様に日本も今後デカップリングを達成し、30年までに13年比26%減という温室効果ガスの排出削減を実現できるのだろうか。英国、ドイツ、日本の2000年からの実質国内総生産(GDP)とCO2排出量の推移を図-1に示している。ドイツと日本は、東日本大震災までは比較的似た動きを示しているが、英国は相対的に大きな経済成長を達成し、CO2削減も達成している。


図1

 その理由は、英国がドイツ、日本とは全く異なる産業構造の転換を実現しているからだ。図-2から4に英国、ドイツ、日本の主要産業の付加価値額の推移を示している。英国だけは、製造業が縮小し、金融・保険、情報通信、不動産部門が成長している。製造業の1人当たりGDPは業種のなかでも相対的に高いが、金融・保険、情報通信の1人当たりGDPは製造業より高い。この部門で成長を実現する英国がデカップリングを達成するのは不思議ではない。


図2

図3

図4

 日本、ドイツは製造業が成長しているが、金融・保険部門は共に落ち込みを見せている。英国のようにエネルギー消費が相対的に少ないが1人当たりGDPが高い部門が成長すれば、デカップリングも可能だが、日本とドイツでは製造業以外の分野の大きな成長は難しいようだ。長い金融街の歴史もなく、言語も金融の標準語の英語でない日本とドイツが金融を伸ばすのは難しい。情報通信分野も金融・保険分野の成長に引っ張られる部分があり、大きな成長は難しいように思える。
 日本の経済成長の実現には製造業の成長が必要だ。2000年と11年の、ドイツ製造業の1次エネルギー消費量を比較すると、石油換算5133万トンが5495万トンに7%増加している。製造業のエネルギー効率の改善は簡単ではないということだ。経済成長を実現するには製造業の伸びが必要であるドイツ、日本のデカップリング実現は、節エネと1次エネルギー供給の低炭素化に大きく依存することになる。
 ちなみに1990年を基準年にするとドイツが大きなCO2削減を実現したのは、東ドイツ併合により効率が大きく改善されたことと、CO2排出量の多い石炭の消費が大きく削減されたためだ。英国も国内炭鉱閉鎖と北海からの天然ガス供給によりエネルギー源の切り替えが行われており、90年を基準にするとCO2排出量は大きく削減されている。東欧諸国も90年の市場経済移行後大きくCO2を削減できた。EUが90年を基準年に設定する理由だ。
 日本の2030年のエネルギーミックスでは、低炭素電源の比率が44%とされた。温室効果ガスを30年に向けて26%削減するためには、節エネ努力も必要になる。産業界が節エネを行うには設備更新などの新規投資が必要になるが、景気が低迷しデフレ経済であった過去20年間、製造業は設備投資額を削減し、借入金返済を優先した。設備更新が行わなければ、エネルギー効率の改善は難しい。そのためには、デフレ脱却がまず必要だ。デフレ脱却が日本の温室効果ガス排出削減を実現するための必要条件だ。