続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感

-パリCOPに向けたEU提案-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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青写真の意図

 このようなことに百戦錬磨の欧州委員会の交渉担当者が気づかないわけはない。ではなぜ青写真に含まれているのか?考えられる理由は「アリバイ作り」である。即ち、欧州委員会としては、全球6割削減目標も、法的拘束力ある緩和目標も合意の見込みがないことは百も承知だが、環境先進国EUを対外的にプレーアップするためには、あえて主張しておいた方が良いという考え方である。最終合意には残らないだろうが、EUが環境面でより厳格な枠組みを提案したという事実は残る。それを拒否したのは米国であり、中国であってEUは「不本意だが、国際合意に達するために、我々の提案を取り下げた」と言っておけば良い。そう考えれば、この時点でEUがフィージビリティを度外視してこうした提案をしていることも驚くにはあたらない。もちろん、環境NGOはこの2点が入らないことに大いに不満を表明するだろうが、「欧州のパリで行うCOP21の合意が壊れても良いのか」と言われれば、矛を収めざるを得ないだろう。鳴物入りで開催したコペンハーゲンのCOP15の悪夢は繰り返したくないはずだからだ。

 恐らく、次期枠組みの中で欧州委員会が本気で確保したいと思っているのは、目標達成を評価するための計測ルールの厳格化と、野心のレベルを引き上げるためのメカニズムをビルトインすることとであろう。特に前者については、欧州が重視する炭素市場の国際的拡散の面からも重要な意味合いを持つ。

40%削減目標とLULUCF

 ところで、「青写真」の中には「2030年までに90年比で少なくとも40%以上削減」という目標が入っているのだが、よく読むと「binding, economy-wide reduction target, covering all sectors and all sources of emissions, including agriculture, forestry and other land uses, of at least 40% domestic reductions in emissions by 2030 compared to 1990 」と書いてあり、LULUCF(注:Land Use Land Use Change and Forestryの略称。土地利用、土地利用変化、森林管理等、温室効果ガスの吸収源を指す)が算入されている。昨年10月に合意された2030年気候変動エネルギーパッケージでは「binding EU target of an at least 40% domestic reduction in greenhouse gas emissions compared to 1990」というもっと曖昧な表現だった。2030年目標は、2020年目標を倍増したものとしてプレゼンされているのであるが、問題は、「90年20%削減」という2020年目標の中にはLULUCFが含まれていないということだ。EUのLULUCFの吸収量は90年比4%程度と見込まれており、正確に言えば、「2020年までに90年比で20%削減」に対応する数値は「2030年までに90年比で少なくとも36%削減」ということになる。欧州の温室効果ガス排出量はユーロ危機による経済低迷を背景に、足元で低下している。昨年1月、欧州委員会が40%削減目標を提案するに当たって「現在の施策を延長するだけで2030年に90年比32%削減になる」と見通しており、90年比36%減は自然体と大差ないことになる。

http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52014DC0015&from=EN

 この点については、環境関連シンクタンクが早速気づくところとなり、Ecofys やポツダム気候研究所(PIK)等が連名で出した”Has the EU Commission weakened its climate proposal? Possibly” と題する論考は「LULUCFを含まない2020年20%目標とLULUCFを含む2030年40%目標を比較するのは林檎とオレンジを比較するようなもの。『少なくとも40%』が目標なのだから、LULUCF分は40%の上乗せ分としてカウントすべき」と指摘している。

http://climateactiontracker.org/news/187/Has-the-EU-Commission-weakened-its-climate-proposal-Possibly.html

 こうした数字の議論を聞いていると、かつて私が交渉官を務めていたAWG-KP(注:Ad-hoc Working Group on Kyoto Protocolの略称。京都議定書第2約束期間における附属書Ⅰ国の削減義務を交渉するための特別作業部会)を思い出す。あの時も「この数字にメカニズムを含むのか、吸収源を含むのか」といった議論が百出していた。数値目標を好む欧州の環境関係者が京都議定書的発想からなかなか抜け出せないのも当たり前なのかもしれない。

 これは欧州委員会提案なので、最終的には欧州議会、欧州理事会での決定が必要だが、「40%削減」については昨年10月に決着しており、EUとしては2015年第1四半期中に約束草案を提出したいであろうから、春までには大きな波乱もなく、決定されると思われる。EUは目標とパリ議定書への提案を手にして交渉に臨むこととなり、パリCOPに向けた外交戦がいよいよ活発になるだろう。

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