続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感

-パリCOPに向けたEU提案-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 また「青写真」は、新たな議定書における緩和コミットメントはすべての締約国について同じく法的拘束力を持つ(equally legally binding on all Parties)ことを強調している。その上で、「法的拘束力のある緩和コミットメントは、締約国の政治的意思の最も強い表明であること、官民プレーヤーに予見可能性と確実性を付与すること、国内の政治変化に際しても持続可能であること等の長所がある。緩和コミットメントに国際的に法的拘束力(binding at international level)を持たないことを主張する国々は、それ以外のアプローチで上記の点を確保できるかを示すべきである」として、目標値に法的拘束力を持たせることに消極的な国々をけん制している。

 いずれもEUが常日頃主張していることであり、驚天動地の内容ではないが、その現実性については、いくつか疑問がある。

全球6割削減に合意できるか?

 第1に2050年までに2010年比60%削減という地球全体の排出削減目標の実現可能性だ。便宜的にIEAの統計でエネルギー起源CO2を見ると、2010年時点の世界のCO2排出量は約292億トン(国際海運、航空を除く)、うち附属書Ⅰ国134億トン、非附属書Ⅰ国が158億トンだ。303億トンを2050年までに半減すると146億トン。そのうち附属書Ⅰ国が2050年までに仮に8割減にすると許容される排出量は27億トンになり、差引勘定すれば、2050年時点の非附属書Ⅰ国に許容される排出量は119億トンになる。即ち、2010年比で25%近くのカットが必要ということになる。これから更なる経済成長、生活水準の向上を目指している途上国が、40年先とはいえ、2010年比25%カットを許容するだろうか?この点については地球環境産業技術研究機構(RITE)の茅陽一理事長も「CO2削減の長期目標とその実現可能性をめぐって」で同様の疑問を提示している。

http://www.rite.or.jp/news/events/pdf/Kaya_ALPSII_2013.pdf

 ハイリゲンダムサミット(2008年)、ラクイラサミット(2009年)の際に開催された主要経済国会合(MEF)で、先進国は「地球全体で2050年までに半減、先進国は2050年までに8割減」という文言を入れようとしたが、中国、インド等の強い抵抗にあってその都度挫折してきた。これはまさしく地球全体の目標を合意すれば、差し引き計算で途上国の排出総量にもキャップがかかることを嫌ったことによる。昨年秋の米中合意に従って中国が「2030年までにピークアウト」したとしても、2050年時点で2010年レベル(74億トン)を更に25%下回ることを示唆する目標を受け入れるだろうか。いや、他の途上国の今後の成長パスを考えれば、全球半減のために中国に求められる排出削減は25%どころではきかないはずだ。

法的拘束力を有する緩和目標は可能か?

 第2に2020年以降の枠組みとして「議定書」を志向し、緩和コミットメントを「国際的に拘束力を持つべき」と主張している点である。「2020年以降の枠組みに法的拘束力を持たせる」というのと「2020年以降の枠組みにおける緩和コミットメントに法的拘束力を持たせる」というのはイコールではない。前者の場合、目標を提出すること、レビューを受けること等、プロセスに法的拘束力を持たせる一方、目標達成そのものには拘束力を持たせない設計が可能だ。しかし後者の場合、目標達成に法的拘束力がかかると解釈するのが自然だろう。これは欧州委員会が「緩和コミットメントに国際的に法的拘束力(binding at international level)を持たないことを主張する国々は、それ以外のアプローチで、締約国の強い政治的意思表明、官民プレーヤーへの予見可能性と確実性、国内の政治変化に対する持続可能性を確保できるのか示すべきだ」と述べていることからも明らかだ。

 しかし、これは次期枠組みへの参加が不可欠な米国にとっては「アウト」である。米国が条約を批准するためには上院の3分の2の承認が必要だ。米国が京都議定書から離脱する背景となった1997年のバード・ヘーゲル決議は未だに有効だ。加えてオバマ政権の温暖化政策に批判的な共和党が上下両院の過半数を制している状況では、新たな議定書の批准の可能性は限りなくゼロに近い。このため、オバマ政権としては「パリCOPでの合意は、目標の提出やレビュー等、プロセス面での法的拘束力はあるが、目標は自主的なものであり、米議会が既に批准した気候変動枠組条約の枠内の単独行政協定」というロジックで議会の批准手続きをパスしたいと考えている。このこと自体、共和党からは「オバマ政権は米国の産業、国民生活に多大な影響を与える政策において議会をスキップしようとしている」と批判されているのだが。仮にパリ議定書上、米国の目標(2025年までに2005年比26-28%減)が国際的に法的拘束力を持つことになれば、同議定書は米議会の批准を要し、それはそのまま、「米国の参加しない議定書」を意味する。法的拘束力ある議定書ができても、米国が参加しないのでは、京都議定書の二の舞にほかならず、何の意味もないだろう。

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