中国のCO2排出ピークは従来想定よりその頂点は高く、ピークアウト前倒しの議論は時期尚早
-2013年の石炭消費量は4.2億トンの上方修正、石炭合成ガス(SNG)により2020年に少なくとも1.1億トンのCO2排出増-
堀井 伸浩
九州大学大学院経済学研究院 准教授
本年2月に中国の国家統計局は毎年恒例の「国民経済・社会発展統計公報」を発表、その中でエネルギー消費量は前年比2%余りの微減に止まり、石炭消費量については同マイナス2.9%となったと公表した。過去にも90年代後半に石炭消費量が純減となった時期はあったが、今回は先の米中政策対話において中国がCO2排出量削減への取組を強化する姿勢を示したこともあり、「すわ、中国の石炭消費がピークアウトか!?」、「CO2排出量のピークも政府目標の2030年より前倒しされるのではないか」という議論も見られた。しかし同公報は粗い推計ながらと断りを入れつつ、2013年のエネルギー消費量、特に石炭の消費量を17%、標準炭で4.2億トンも大幅に上方修正していたことが明らかになると、2014年の石炭消費量の純減という現象をどのように捉えればよいのか、戸惑いが広がっている。
筆者は、1年ほど前から記事や講演で、近年の中国の石炭消費量の辻褄が合わないことを指摘しており、統計がいずれ修正されるであろうと予見してきた。筆者の見るところ、統計の修正は2013年のみならず、最低限、2010年まで遡る可能性が高い。中国のCO2排出量推計において、多大な影響を及ぼす石炭消費統計の問題についてまず考察してみよう。
石炭消費統計の修正は更に拡大の見通し=CO2排出量も上方修正の可能性
現時点で公表されている(未修正の)石炭消費統計によれば、2010年以降、中国では一次エネルギー消費に占める石炭の比率が急速に低下(脱石炭化)している。2009年は一次エネルギー消費量の70.4%が石炭により供給されていたが、2012年には66.6%にまで下がったことになっている。わずか4ポイント弱だと侮ることなかれ。中国のエネルギー消費量は2010年にアメリカを抜いて世界最大となっており、3.8ポイントの低下は1億2610万トンもの石炭の消費が他のエネルギー源に置き換わったことを意味している。
しかし石炭のエネルギーバランス表を確認すると、石炭の比率が減少し始めた2010年から2012年までそれぞれ、1億7536万トン、1億7611万トン、2億7386万トンと巨大な量の統計上の誤差脱漏が計上されている。この誤差脱漏は生産量と純輸入量と照らし合わせて、これだけの量の石炭消費量が過少に統計されている可能性を示している。中国の統計は信用できないと根拠もなく言っているわけではない。実は過去にも石炭エネルギーバランス表において巨大な誤差脱漏が計上され、数年経って修正されたという経緯がある。
具体的には、1999年から2001年にかけての統計が修正前はそれぞれ、▲2億2789万トン、▲2億6361万トン、▲1億7731万トン(▲はマイナスを示す)の誤差脱漏が計上されていた。マイナスとなっているのは、今回と異なり、石炭生産量が過少計上されていたためである。背景には、当時中央政府の強いイニシアティブで小型・零細炭鉱の強制閉鎖政策が進められていたことがある。実際には、閉鎖したと見せかけてヤミ操業する炭鉱が相当数存在し、実際の生産量は修正前の石炭バランス表が示すよりも大きかったのだ。数年経った2004年に統計局は1997年から2002年の期間の石炭バランス表を修正、特に誤差脱漏の大きかった1999年から2001年の誤差脱漏データはそれぞれ▲3861万トン、▲4297万トン、▲4973万トンになるように生産量を修正することとなった。最大の修正幅となった2002年については2億2064万トンもの石炭生産量の上方修正となったのであった。
このように中国の統計が政治的バイアスを受けることはしばしば生じるが、エネルギー統計については生産ないし消費、あるいは輸出入のいずれかが正しい数値を取る場合が多く、いずれ露見する可能性も高い。今回も第12次五カ年計画(2011年~2015年)において、エネルギー原単位(省エネルギー)、化石燃料以外のエネルギー比率、CO2原単位といった指標での改善、すなわち石炭消費に逆風となる政策目標が掲げられたことが影響しているものと考えられる。マクロ目標はブレイクダウンされて各省、更に各企業別に細かい目標が課せられることとなるため、かつての炭鉱閉鎖政策と同様、政策目標達成を迫られる企業には、石炭消費量を過少に報告するインセンティブがあった。
石炭消費構造の変動は進行中、脱石炭化のスピードを減速させる
とは言え、筆者は脱石炭化が進んでいないと主張するわけではない。ミクロの動向を確認すれば、例えば発電設備容量に占める石炭火力の比率が低下していること、あるいはPM2.5対策で多くの都市で市街地での石炭利用制限が実施に移されていることなど、脱石炭化が進みつつあると判断できる事象はいくつも観察できる。真相は、脱石炭化のスタートとなった2010年の石炭消費量が過少計上されており、従来考えられていたよりも石炭依存度は高い位置からのスタートであったのに加え、脱石炭化のスピードも従来の統計が示すよりも遅いということになりそうだ。修正された2013年の一次エネルギーに占める石炭比率は69.5%であることを見れば、69.2%という未修正の2010年の同比率は見直し必至と言って間違いないだろう。
ミクロの観察から脱石炭化が最も明瞭なのは電力産業で、石炭火力が発電設備全体に占める比率は2007年の77.7%から2013年には69.1%にまで大幅に低下している。火力発電設備への投資額も2006年の2229億元から2013年には928億元にまで急減しており、石炭の最大需要部門である電力において今後も石炭需要の伸びはかなり減速すると考えられる。背景には、2000年代半ば以降、石炭価格が大幅に上昇してきたことで、石炭の経済性が大きく低下したことがある(もちろん風力や原子力を支援する政策の影響も無視できない)。
しかし需要サイドばかりを見るだけでなく、供給サイドも見る必要がある。2012年以降、中国経済の低迷によるエネルギー需要そのものの低迷、更にPM2.5対策の広がりが石炭需要の伸び悩みに拍車をかけることとなり、石炭価格が急速に下落している。石炭産業は生き残りをかけて、多角化に向けた投資を進めており、それが第12次五カ年計画と石炭価格の下落で加速している。なかでも注目すべきは、石炭化学プロジェクトの隆盛である。その様子を見ると、脱石炭化が段々と進んでいるのは確かであるが、従来と異なる形態での石炭利用が石炭消費を下支えするように思われる。すなわち石炭消費構造の高度化が進むことで、脱石炭化のスピードは今後減速する可能性があるのではないか。