放射線と放射性物質(その5) 放射線の利用と被ばくの管理


国際環境経済研究所主席研究員

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2) 自然放射線源などから受ける年間線量
 人が平常時に自然から受ける放射線量は前述したが、定期健康診断などの医療被ばくでもかなりの放射線を浴びている。自然由来の放射線被ばく量はラドンの被ばくを合わせて年間1.5~2.5mSvであるが,日本人のX線CT(コンピューター断層撮影=Computed Tomography)や、胃がんや大腸がん検診による被ばくは諸外国の2倍ほどあり、癌検診のために発癌作用のあるX線を過剰に照射して発癌リスクを高めているのではないかと指摘して、その多さを懸念している医学専門家もいる。

 筆者は07年の夏に突然体調を崩し緊急入院した。救急搬送先の病院での検査は止むを得ないが、数週間後に転院したリハビリ病院でも頭部と胸部のX線CTほかフルコースの診断を受けた。X線CTは照射時間にもよるが30mSv程度は被ばくするそうである。今の医療制度の問題なのかもしれないが、短期間に二度も大量のX線を浴びるのは気持ちの良いものではない。翌年2月に人間ドックの予定であったが、半年以内に三度目の被ばくが気になったのでパスし6月受診に変更した。余分な被ばくはしない方が良い。病院間の診断情報の共有化が進めば過剰な照射は減らせるし医療費も減らせるのではなかろうか。読者諸氏が万一の場合には診断情報を入手して転院先に持ち込むことを推奨したい。

図3

3) 国が定めた除染レベルとその意味
 ICRPは放射能汚染地域で生活する場合の年間被ばく量が1~20mSvに収まるようにという目安を示し、長期的に1mSvを目指すべきと提案しており、それをもとに除染レベルが議論された。当初、除染基準として5mSv以上という案が検討されたが、被災地自治体からの批判を受けて環境省は1mSv以上に基準を強化した。1mSv/年以上=1,000μSv/年以上であり、これは一日あたりで平均すると2.74μSv、一時間平均0.11μSvになる。

 家屋自体に遮蔽効果があるので、屋内と屋外のそれぞれの滞在時間を勘案して年間被ばく量を積算する。筆者が除染事業を手伝っている郡山市では屋外活動1日8時間、屋内滞在16時間、建物の遮蔽効果により屋内が屋外の0.4倍の線量率になるとして、年間追加被ばく線量を1ミリシーベルトにするための屋外の時間当たり線量率を決定、それを除染目標としている。その計算式は、

年間1mSv=(0.19μSv/h×8時間+0.19μSv/h×0.4×16時間)×365日

 1mSv/年の定義は、事故由来の放射性物質による被ばくで自然放射線に加算する追加被ばくであり、計測上は自然放射線が加わる。そのため屋外の除染目標線量は、計算値の毎時0.19μSvに大地からの線量毎時0.04μSvを加えて毎時0.23μSvということになっている。07年ICRP勧告の平常時最大許容線量1mSv/年には冷戦期の核実験で生成した放射性物質で半減期の長いもの137Cs, 90Srは含むが、14Cや40Kなど自然放射線による被ばくは含まないはずである。含めてしまうと日本全国を除染するという、とんでもない話になりかねない。

 放射線源からの近距離被ばくによる瞬間最大被ばくの線量と、低線量環境での累積被ばく量は区別して判断する必要がある。100mSv以上の被ばくで癌になる確率が上がると言われ、50mSvでは発癌は増加しないと言われているのは瞬間被ばくの場合であり蓄積線量ではない。人体の修復機能の範囲内での微量長時間被ばくのリスクは、他のストレス、喫煙やアルコール摂取、野菜の摂取不足などのリスクと判別が困難であり、これまで持続的な低線量被ばくの影響が科学的に確認された例はない。なお、日本学術会議が「放射線防護の対策を正しく理解するために」注1)という議長談話を11年6月に発表している。

4) 汚染状況と除染作業の具体例
 帰還困難区域・居住制限区域などに指定されていない地域であっても汚染はかなりのものである。郡山市の例を簡単に紹介する。市内のセシウム137(137Cs)の沈着量は5万~24万Bq/m2で、たとえば10m×10mの屋根には5百万~2千4百万Bqの137Csが降っている。事故当初はセシウム134(134Cs)もほぼ同量あったので、住宅1軒あたり1千万~5千万Bqの放射性セシウムが沈着した。半減期が2年と短い134Csは時間の経過とともに急減している。

 郡山市内の家屋の除染対象は雨樋と庭であり屋根は対象外である。家屋の雨樋には屋根に降り積もったセシウムのうち吸着されなかった量が集まる。除染作業はこれを集めて住民への影響を少なくする仕事であるが、作業者は放射性物質が濃縮したホコリや泥を扱うことになるので被ばくが懸念される。庭にも同程度の量の放射性セシウムがあり、表面を削って集めれば必ず高線量になる。集めた汚染廃棄物は容器に入れ各戸の庭に埋設して遮蔽し一時的に地中保管している。

 このような環境で除染を実施しているので、泥やホコリを体内に入れないように防塵マスクをして、ゴム手袋・ゴム長靴を履き、長袖の作業着を着用する。また、作業場での飲食は禁止しているので夏場は熱中症への注意が必要である。作業終了後は二次汚染を防ぐため身体サーベイを行い、汚染レベルを確認したうえで作業場を離れる。通常数名のグループ作業であるが、郡山市は比較的汚染度の低い地域なので、作業者個人の被ばく量はグループの一名に始業時からポケット線量計を携帯させて測定、その値をグループ全員の記録として保存、離職時に文書で通知することにしている。

注1)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf