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放射線と放射性物質(その5) 放射線の利用と被ばくの管理


国際環境経済研究所主席研究員


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 除染作業は天気が悪いと仕事にならない。つまり、降雨により土壌が水分を持てば、また積雪があればその遮蔽効果によって線量率が低下するのでモニタリングはできないし、除染作業もやめることになる。雪が積もった場合には雪かきをしてから除染作業が始まる。そのため梅雨期や積雪期は実働日数が減少する。除染作業従事者は日給が高いが、悪天候の日は仕事ができず無給になるので月収は不安定である。

 一方、彼らの健康への不安であるが、著者の関わっている事業所での作業従事者の被ばく記録をみると、1日6時間強の作業時間でほとんどが1~2μSv/日である。ピーク時で約250名の作業員が在籍したが、過去2年間で高線量を記録する特殊作業が数度あり5~10μSvであった。月間作業日数は天候の影響もあり22日程度なので20~40μSv/月、これに非就業日の被ばくを1μSv/日として加算、さらに屋内被ばく線量を加えても年に1mSvを超えることはなさそうである。したがって、除染作業に携わっていない一般市民の追加被ばくが年間1mSvを超えることはない。

11.福島第一原子力発電所の事故以前に起きた主な放射線被ばく事故

 広島・長崎の原子爆弾による被ばく、ビキニ環礁での第五福竜丸の被ばく以外にも、ムルロア環礁やロプノール、ニューメキシコ、ノヴァヤゼムリャなど核実験を実施した地域での被ばく問題が世界的にようやく指摘される時代になっている。ところで、ムルロア環礁は別にして大陸の中央部は降水量が少なく雨水による拡散や土壌への吸着は少ないと思われる。心配したらきりがないが、主に風によって拡散しているはずで、ロプノールから黄砂により飛んで来ている可能性がある。

 それらとは別に、事故による放射線被ばくの主なものについて被害状況を記載する。原子力発電所の事故は別にして、放射線源や放射性物質の杜撰な管理が被ばくの原因として共通している。

 なお、福島の事故の後、全国で線量率の測定が行われるようになり、今回の事故とは直接関係がない高線量率の地域が各地で見つかる。筆者は、皆が放射能汚染に関心を持ち測定を始めると、いろいろと見つかるかもしれないと思ったが予想が当った。放射線障害防止法が整備される前の遺物と思われるものが出てくる。放射性物質の規制が始まって処分に困り隠したかもしれないラジウムを主成分とする蛍光塗料が入った容器など、まさに「知らぬが仏」で人騒がせな迷惑千万な話である。

(1) 1971.9.18千葉造船所
 イリジウムを紛失し、知らずに拾った従業員が被ばくして、火傷および造血障害をおこした。
 この例のように、70年代は非破壊検査用線源の管理が不適切で、拾った一般の人々が被ばくしてしまう事故が多発した。

(2) 1976.8.30ハンフォード(米国)
 核燃料再処理施設でイオン交換樹脂に吸着させたアメリシウム241Am含有液をガラス容器に入れて抽出する作業中に、組織内でストライキがあったことから作業を中断して長時間放置してしまう事態になった。スト解除になって操業が始まり、抽出作業を再開して硝酸を注入したところ化学反応でガラスのカラムが破裂して、顔面に241Amを含む硝酸溶液を浴びた。

(3) 1978.3.28スリーマイル島事故
 原子炉の冷却水の水位が低下して炉心上部が露出してしまい、燃料が融解して炉内の温度と圧力が上昇したことから、大気中に放射性物質を含む気体が放出されてしまった。公衆に健康上の問題はなかったが、州知事が半径5マイル内の妊婦と乳幼児の避難勧告をしたことがきっかけでパニックが起き、その他の者を含む多くの住民が避難した。様々な情報が錯綜して住民が混乱し、医療機関に殺到する騒動が起きた。

(4) 1986.4.26チェルノブイリ事故
 タービンの慣性による低出力発電の実験中に操作を誤った。短時間で原子炉出力が暴走して定格出力の100倍を突破、水蒸気爆発・水素爆発を起こし放射性物質が大量に飛散した。また高熱の黒鉛により火災が発生し、消火作業にあたった消防士や作業員が重大な被ばくを受け28名が死亡、さらに後遺症で20名以上が亡くなっているという。そして、多くの住民に放射線防護対策が必要になったが、汚染や被ばくのために緊急に入院治療を行った住民はほとんどいなかった。

(5) 1987.9ゴイアニア(ブラジル)
 若者が廃病院に放置されていた癌治療用の照射線源を盗み出し密封容器に穴をあけてスクラップ業者に売却、業者はそれを知らずに137Csの粉末を素手で扱い拡散させた。多くの市民が被ばくし4名の市民が死亡した。拡散した137Csの量は50.9×1012 Bq (50.9兆ベクレル)であった。

(6) 1990.6.21ソレク(イスラエル)
 照射装置内のコンベヤの故障を修理するために放射線源が開放されていた状態の照射室に入ってしまった。作業者が1名10Gy被ばくして36日後に死亡した。

(7) 1999.9.30茨城県東海村JCO事故
 別々に調整したウラン溶液の濃度を均一にするために溶液を一つにまとめたところ、ウランの量が多くなり過ぎて臨界を起こした。作業者が2名死亡し、敷地周辺の住民が10mSv程度、臨界を止める作業をしたJCO社員が約50mSv、消防士が10mSv程度被ばくしている。

(8) 2000.2タイのスクラップ工場
 放射線治療のコバルト照射線源が盗難に遭い解体された。重度被ばくが10名、うち3名が死亡した。

(9) 2001.11 岩手県の高校
 物理実験の写真撮影で軟X線に30秒程度被ばくし、指の皮膚を火傷した。

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