国民運動の具体的な進め方:地方自治体は自らの省エネルギーで先導せよ


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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温暖化対策としての国民運動については、政府部門が自らの省エネルギーによって先導すべきである。これには5つの理由がある:①地方自治体のCO2排出量は大きい、②費用効果的な省エネ機会がある、③データの収集・公開が可能で、データベース整備の核になる、④民間のためのショーケースになる、⑤省エネ産業を育てる、である。この実施に当たっては、政府部門においてもPDCAを確立し、特に地方自治体の政府部門を中心とした省エネに取り組むべきだ。これによって、排出増加が懸念される民生部門全体の省エネを牽引できる。

 日本の産業部門のCO2排出は減少傾向にあるが、民生部門(家庭やオフィスなど)のCO2排出は増加を続け、今では1990年の6~7割増になっている。これを抑制するため、産業部門と同様に、民生部門の政府施策、なかでも国民運動についてPDCAを確立すべきである、との意見が多く聞かれるようになった。

 以下では、この国民運動を具体的にはどう進めたらよいか、提案する。

 産業部門においては、これまで、経団連の自主行動計画が施策の中心となってきた。この自主行動計画は、毎年、第三者委員会と政府審議会のフォローアップを受ける。そこでは、経団連傘下の業界団体が、温暖化対策の実施状況を報告し、必要に応じて対策の深掘りを実施してきた。

 これに対して、政府の行う対策の大きな柱である国民運動については、体系だったPDCA(plan-do-check-act. フォローアップを行い、業務内容を改善するという意味で、もとは経営の用語である)の体制が確立していなかった。すなわち、国民運動として目指すべき目標・指標の設定も、それに向けた進捗点検もなかった。

 「自主的取り組みは法律でない」という理由で、このようなPDCAの制度設計の非対称が出来たという経緯がある。だが、政策の実効性の決めるのは、それが法律であるか否か(自主的取り組みであるか)といった皮相的なことではなく、それが実際に施行されるかどうかということである。この意味で、PDCAの確立は、法であろうと自主的取り組みであろうと、等しく重要なはずである。

 さて、国民運動のPDCAについてどう考えるか。国民運動といっても、まさか本当に1億人を1人1人対象としてPDCAをまわすことは出来ないから、実務を考えるならば、政府の政策実施についてのPDCAとなる。

 国民運動のための政策実施の範囲は多岐にわたるが、本意見では、民間部門への施策よりも、むしろ政府部門自身がCO2削減を先導することの重要性を指摘したい。

 政府部門という場合、CO2排出量の規模から考えて、中央政府のみならず、地方自治体も重要になる。また、国民運動は、国民全体が取組を進めることが必要であり、より国民の生活に近い立場として施策を行うことができるという観点からも、地方自治体における取組の推進が重要となる。中央政府のみならず、地方自治体における温暖化対策に対するPDCAを確立すべきである。

 政府部門が国民運動を先導すべき理由は5つある:

1.政府部門、特に地方自治体は、民生部門の排出量において大きな割合を占める。

 地方自治体だけでも、日本の業務部門のエネルギー消費の約13%程度と大きな割合を占める注1)

2.運用の改善によって、コストがさほどかからずに省エネをする余地がある

 地方自治体では、エネルギー管理などの基本的な取り組みもまだ十分になされていないことがある。たとえば、公民館などは業者に運営を委託することが多いが、このときには委託金額を減らそうとするあまり、省エネまで注意が向かず、かえって光熱費で損をするということがおきているとの報告があった。例えば、清掃のためにコンサートホール全体の電気を3時間ぐらいつけ放しにしていたとの報告があった。これによる光熱費は1件で年間数十万円に上ったという。このようなことが無いようにするためには、例えば公民館のエネルギー管理標準(=省エネを考慮した操業マニュアルのこと)を定め、委託業者にはその遵守を義務づけるなど、いくつかの方法がある。
 地方自治体というと財政難で省エネ投資ができないという話をよく聞くが、実際には光熱費の軽減によって投資が回収できるような機会であっても見過ごされていることが多くある。これは、設備を購入する部署と光熱費を支払う部署が十分に連携できておらず、予算が縦割りに施行されるような場合に頻繁におきる。約半数の地方自治体において高効率照明が未だ導入されていないとの情報もあるが、この背景にもこのような連携不足が起きていると思われる(なおこのような連携の不備は学界では「動機の分断」(split incentive)と呼ばれ、政府・民間を問わず、省エネ投資を妨げる障壁 barrierの典型の一つとされる)注2)

 現行ではトップランナー機器のグリーン調達等が行われているが、それだけでは不十分である。むしろ、省エネの基本であるエネルギー管理(PDCA)を現場レベルでまず徹底することが肝要である。

注1)
特定事業者に占める地方自治体の割合(業務部門、省エネ法による)。
注2)
詳しくは: 杉山・木村・野田(2010)「省エネルギー政策論」(エネルギーフォーラム社)および若林・木村(2008) 省エネルギー政策理論のレビュー -省エネルギーの「ギャップ」と「バリア」-, 電力中央研究所調査報告, Y08046

3.データベース整備の核になる

 民生部門の対策の推進において、いつもボトルネックとして指摘される重要な点として、データベースの未整備がある。これは省エネ小委でも合同専門家会合でも委員からの指摘があった。これは、民間企業や家庭であれば、経営上の秘密保持や個人のプライバシーの保護などの課題があり、データベースの整備には限界がつきまとう。しかしながら、政府部門であれば、省エネルギーを含めあらゆるデータは原則公開のはずである。これを集積しデータベースとして公開すれば、地方自治体のみならず、民間企業や個人住宅などの民生部門全体の施策を検討するためにも、きわめて重要な行政資源となる。
 これまでも地方自治体の政府部門では様々な温暖化対策が実施され、中には優れた事例もあったと思われるが、そのデータが広く共有されるしくみがなかった。今後は、データベースを作成するという体系的な意図をもって実施していくべきである。

4.民間企業や家庭の先例=ショーケースとなる

 大小の公民館やオフィスなど多様な形態で活動をする地方自治体において、費用対効果に優れ、かつ快適性や業務効率性を犠牲にすることなく省エネを推進できれば、それを先例として民間企業や一般の人々も省エネができるようになる。企業も家庭も政府・地方自治体の建築物にはよく出入りするから、そこでどのような省エネが実施できるか、実例をもって示すことができる。

5.省エネルギー関連産業を育成する

 民生部門の省エネを推進するためには、エネルギー管理(省エネルギーについてのPDCA)のノウハウが欠かせない。どのような高効率な設備を導入するにしろ、まずはエネルギー管理がきちんと出来ていないと、設備を使用する段階で無駄づかいになることも多い。だがこれまでのところ、施設管理業者は、エネルギー管理のノウハウを有していても正当に対価を支払ってもらえないことが多く、このことがエネルギー管理のノウハウの普及への障害となってきた。政府が、エネルギー管理の能力を正当に評価し対価を支払うようになり、さらには、エネルギー管理の能力を有さない施設管理会社は政府・地方自治体からの委託を受注できないようになれば、民間企業の施設管理においてもエネルギー管理能力を有する施設管理会社が活躍するようになり、業界全体としての能力は飛躍的に高まるだろう。さらには、そのような状態になれば、より積極的な省エネへの理解も深まり、具体的な活動につながることが期待できる。
 例えば、光熱費を削減し総合的にコストを削減するという利点がよく理解されて高効率な機器の購入が進んだり、さらには、快適性や安全性などの観点(いわゆるコベネフィット)が正当に評価されて、断熱をいっそう推進しようといった機運が高まるだろう。

 以上のように多くのメリットがある政府・地方自治体による国民運動の推進であるが、これが適切に実施されるための鍵として1点だけ挙げる:

6.地方自治体の政府部門の温暖化対策に対して、PDCAサイクルを確立する

 すなわち、地方自治体の政府部門を、温暖化対策の重要な一部門と位置づけた上で、費用対効果に優れた温暖化対策を実施していくことが重要である。費用対効果が重要なのは、地方自治体の政府部門が温暖化対策を実施する際に、高価なハコモノに流れ、無駄遣いとみられてしまっては国民の理解が得られないし、そのようなことでは、民間部門への波及も期待できないからである。
 例えば市役所のオフィスにLEDを導入する場合、ちらつきなどの問題もなく、雰囲気もよく、さらにはメンテのコストが下がり投資回収が十分にできるということがデータで裏付けられれば、そこにしばしば出入りする人々も自身のオフィスや家庭へのLEDの導入について積極的になることが期待できる。
 そのために、政府として地方自治体の計画・取組に対するフォローアップを行う体制を確立することが必要である。

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