水素社会を拓くエネルギー・キャリア(9)

エネルギー・キャリア各論:液体水素


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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【液体水素】

 液体水素は水素には違いないので、液体水素をエネルギー・キャリアというのはおかしいと思われるかもしれない。しかし、水素自体は常温常圧では体積エネルギー密度がとても小さいガス状のエネルギーであり、そのままの形でエネルギーとして輸送、貯蔵、利用するには適していない注1)それで、水素を液化して水素のエネルギー密度を上げて輸送するという方法が考えられた。そういった意味で、液体水素も水素エネルギーを取り扱い易くするための一つの方法として、エネルギー・キャリアに含めている。

 しかし、水素は常温ではいくら圧力をかけても液化しない。700気圧という高圧をかけても水素はガス状で存在し、0℃、1気圧で0.09 kg/m3ほどの密度が700気圧の下ではその460倍ほどの42 kg/m3になる程度である注2)。水素を液化するためには、-253℃(絶対温度20ºK)という超低温まで冷却する必要がある。液体にすることによって水素の体積はガスに比べて約800分の1となり、体積当たりの燃焼熱はガソリンの約1/4まで高まる。なお、この-253℃という超低温下では、ヘリウム以外のガスは全て固化するため、液体水素の製造プロセスの中で不純物は除去され、液体水素は超高純度の水素となる。

 水素ガスに比べて体積が約800分の1になることから、水素を輸送、貯蔵する効率は大幅に高まるが、液体水素を安全に取り扱うためには、爆発しやすい、金属を脆化するなどの水素自体が持つ取扱いの難しさを克服するための対策(輸送、貯蔵容器に特殊合金や炭素繊維強化樹脂などの使用することなど)に加え、液体水素は超低温でも気化しやすいために、高度な断熱技術、ボイル・オフ対策などの特別な設備、機器や技術が必要となる。(水素の取扱いの難しさについては、連載の第4回に詳しく記したので、それを参照下さい。)

 日本では1974年に岩谷産業(株)(以下、岩谷)が「サンシャイン計画」の中で日本初の液体水素製造プラントを建設し、その後しばらくの間は、液体水素の利用の主たる用途はロケット用の燃料であった注3)。その後、岩谷の関係会社、ハイドロエッジ(株)が2006年に大型の液体水素プラントを建設してから、産業向けの利用が進展した。このようにして液体水素の利用が進む中で、液体水素を運搬するための小型の容器、輸送機器も開発されてきた。2014年には、ロケット燃料や電子産業などの産業用途向けに年間約5,000万Nm3の液体水素が販売され、供給されている。

 こうした実績をもとに、水素STに水素を供給する手段として液体水素を用いることが有力な手段の一つと考えられており、実際、東京の有明水素STなど、既に設置された水素STの一部では液体水素をオフサイトで製造し、水素STに液体水素ローリーなどで供給する方式が採用されている。

 しかし、「水素社会」の構築に必要となる大量の液体水素の輸送や、海外からCO2フリー水素の利用を図るための供給チェーンに必要となる設備、機器や技術は、現在も開発中である。川崎重工業(株)(以下、川崎重工)が液体水素用の大規模タンク、水素輸送船等の開発に取り組んでいるほか注4)、2014年からはSIP「エネルギー・キャリア」において、(財)日本船舶技術研究協会等が中心となり、海外から輸送されてくる液体水素を、超低温を維持したまま陸揚げするためのローディング・システムの開発と、液体水素の国際間での海上輸送を可能とするための国際輸送ルール整備に向けた取組みを開始している。

 水素の利用技術面では、発電タービンに水素を導入し、水素の混焼率を70%程度まで高めて利用することについては、この連載の第5回でも述べたように既に商用化のレベルまで達していると言われている。しかし、水素を90%以上混焼するためには、水素の燃焼特性:①着火速度が極めて早いために逆火などの不安定な燃焼状態が起きやすい、②燃焼時には極めて高温となる、という特性に対応した発電タービンが開発される必要がある。これまでは燃焼器内に水蒸気を噴霧することなどによって温度と燃焼速度を下げ、これらの問題を緩和してきたが、そのためにエネルギー効率が下がり、燃料コストの増加を招いていた注5)。このため、そうした方法によらない水素専焼発電タービンの高効率燃焼技術の開発が、2014年度からSIP「エネルギー・キャリア」において川崎重工などにより行われている。具体的には、燃焼不安定性の制御を可能とする燃焼器の開発、高温燃焼環境下で多量に発生するNOxの低減等を目指した技術開発である。

注1)
ガス状態の水素は、体積当たりの水素含有量が常温(25℃)で1L(リットル)中82gほどしかないため、例えばFCVの場合、通常のガソリン車のタンクの満タン量(約50L)の水素を積んでも、約10km程度しか走れない。
注2)
この状態の水素から得られるエネルギー量は、同じ体積のガソリンから得られるエネルギー量の1/7程度。
注3)
岩谷産業(株)HP、「水素とイワタニ」
注4)
日経エコロジー、日経クリーンテック研究所共催「水素社会の到来とビジネスチャンス」第5回「進化する水素の貯蔵と輸送」における川崎重工の発表資料:「水素サプライチェーン構想への取り組みと輸送・貯蔵技術の開発」(2014.6.24)から。
注5)
発電効率が1%低下すると年間の燃料代が億円単位で増加すると言われている。
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