CO2削減の「イノベーション・シナリオ」
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
例えば:
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自動運転のEVタクシーが個人の移動手段の主流になれば、自動車のエネルギー消費は激減するかもしれない。だが、便利かつ安価になるので、利用量は激増するかもしれない注16)。合計でエネルギー消費が減るかどうか、分からない。
高精度・大型化で、テレビの電力消費は増えるかもしれない。だがこれによってネット会議が普及し、通勤や出張が不要になり、移動エネルギーが激減するかもしれない。
ICT革命では、部門の垣根も変わる。例えば、会社でなく家庭が仕事場になる。無人運転EVはオフィスや居間にもなる。そもそも、部門ごとにエネルギー消費量を予想することの意味が消滅するかもしれない。
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もしも国際的な約束や、国の計画のため、総量を見通す必要があるならば、予言が不能である以上、安全サイドでの見通しにすべきだろう。
特に電力消費について言えば、経済成長率と同じ伸率を想定すべきだ。過去の殆どの期間、世界のあらゆる国で、所得と電力消費は比例してきた注17)。これは強固な関係なので、「鉄のリンク」と呼ばれる。将来が不可知な中で、最も信頼に足る想定はこれであろう。悲しいかな、低成長に慣れきって、日本人は、あらゆる成長を想像出来なくなっている。だが、もしも経済成長率が高いなら、電力消費の伸び率も高いと考える方が妥当だ。
6 2030年のCO2
では2030年まで電力消費が増え続けるとなると、CO2はどうなるのか? 筆者は以下のように考える:
第1に、ICT革命によって、効率が上がり、少ないエネルギーから多くの富を生み出せるようになる。これは世界全体のCO2削減になる。プリウスや青色LEDが良い例だ。
第2に、日本が世界でもまれな、有力なイノベーション・エコシステムであることを忘れてはならない。ここでどれだけの技術革新が出来るかで、世界の経済開発・環境保全の成否が大きく左右される。
第3に、今の日本の状況では、技術革新、就中ICT革命は、必ず成し遂げないといけない。国力を高め、安全保障を確保するためだ。これに比べれば、CO2は喫緊の課題ではない注18)。
事の大小を間違えてはいけない: 2030年までに日本国内のCO2を減らすことは重要ではない。だが日本には、日本というイノベーション・エコシステムを活用して、技術革新を進める使命がある。これこそが重要で、あらゆる国益に適いつつ、世界規模でのCO2削減をもたらす。
7 イノベーションによるCO2削減シナリオ
今後、生産も生活も、業態も技術も、全てが根本的に変わり、経済のエネルギー消費効率は大幅に上がる。
エネルギー供給も大きな変化がありうる。バッテリーや太陽電池も性能が上がり安くなる。バッテリーはモバイル機器という大きなマーケットが既にあるので、技術進歩は進んでいる。国は、補助金で大量導入する無駄遣いをせず、基礎研究に投資を集中すべきだ。バイオもCCSも今はコストが高すぎるが、基礎研究を続けることで、コストダウンに目途が立つかもしれない。
冒頭に述べたが、IPCCのシナリオは荒唐無稽だ。これは、既知の技術で無理に絵を描くからだ。
だが技術進歩の速さを考えるならば、2100年という遠い将来にかけて、CO2の大規模な削減は十分にありうる。定量的な絵も、書こうと思えば幾らでも描ける(勿論当たらないが;だがイメージの共有のために必要な作業かもしれない)。
日本の国家戦略としては、当面は、国内のCO2削減は経済を抑制しない範囲に留め、技術革新に注力すべきだ。
8 政府の役割: 技術に付いていくこと
では政府の役割は何か。理科教育、基礎研究、適正規模での技術実証補助は必要だ。だが一方で、近年の政府の技術政策には、FIT等、失敗も目立った注19)。
むしろ重要なのは、出来た技術に必死に付いていくことだ。技術革新を先導するのではなく、むしろ追い付くことだ。
折角の技術も、制度が悪ければ、便益をもたらさない:
なぜ公教育の教材・授業を全て無料でネットに載せないのか? 全国の図書館はなぜアマゾンより遥かに不便なのか? なぜ電気自転車はアシスト自転車という奇妙なものしか無いのか? なぜ電気自転車が運転免許無しで乗れないのか? (それ以前に、なぜ自動車学校に通わねば運転免許が取れないのか?)。これらは何れも、制度さえ改正されれば、既存の技術で大きな便益がもたらされる例だ。
それ以外にも、知財制度、個人情報管理等、制度の課題は山積だ。制度は必死になって技術革新に追いつかねばならない。この成否に、死活的国益が懸っている。
より一般的に言って、国の経済成長は何よりも制度に懸っている注20)。これは、北朝鮮と韓国の経済格差を見れば分かる。不満ばかり述べてしまったが、世界全体を見れば、日本は制度の管理が上手く、それ故に今日の地位を築いてきた実績がある。今後も世界をリードできると期待している。