東京電力法的整理論の無邪気さと無責任さと
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
そして、損害賠償請求権は債権のなかでも劣後する存在であり、弁済原資が十分に確保されなければ十分な満足を得ることはできない。莫大かつ長期の資金調達を必要とする電気事業は、安定的かつ安価な資金調達を可能にしうるよう、発行する社債(電力債と言われる)には「一般担保」が認められている(電気事業法第37条)。原子力事故被害者の損害賠償請求権は無担保の更生債権として処遇されるため、電力債やその他更生担保権よりも劣後してしまい 、損害賠償額は大幅に減額される可能性が高いのだ。これが東京電力が会社更生法の適用申請を選択する上で最大の障害になったと言っても過言ではない注6)。
この点については、「会社更生法は、債務調整の手続を決めているだけであり、厳格な配分ルールではない。先取特権を持つ債権でも、更生計画では公平性の観点から他の一般更正債権とまとめて一つのクラスにされる場合もしばしばである。」とする論もあるが注7)、少なくとも損害賠償請求権が他の債権に優先されることは既存の法秩序ではあり得ない。
東電を法的整理とすることを、被害者のために正義の鉄拳を下すと捉える向きもあるが、これまで述べた通り、特別立法等の措置により国が全額補償するなどの手当を講じなければ、単に被害者保護を不安定な状況に追い込むことになる。具体的な被害者救済手段の構築について、一言も言及すること無く東電の法的整理を主張することは、徒に被害者を不安定な地位に置くことに他ならず、無責任と言わざるをえない。
2.事業経営における問題点
日々電力を供給していく責務を負う電力事業経営、そして、廃炉処理にも大きな支障をきたすおそれがある。まず、燃料費や原発事故収束費用等に関わる商取引債権の弁済が制限されることとなれば、燃料や必要資機材の調達に支障が生じ、安定的な電力供給や事故収束が困難になる恐れがある。
こうした議論においてしばしば引き合いに出されるJALは不採算事業を切り離せば収益が上がる構造に更生することが可能であったが、東京電力は賠償や廃炉という、収益は生まず多額の費用を必要とし続ける事業を背負わねばならない点において決定的に異なる。実際、賠償総額も廃炉費用も見通せない状況において更生計画の立てようがなかったのである。更生計画を策定し裁判所でそれが認可されなければ、破産や自主廃業を選択せざるを得ず、結果として取引債務の履行や資源輸入が不可能となってしまう。証券預託顧客という債権者が大多数に上る山一証券が適用断念したケースを想起してほしい。電力供給の途絶・不安定化や廃炉事業の遅滞等を回避するためには、東電の商取引債権について政府保証等が必要となるが、信用補完や代替融資が必要となる取引債権などの短期債務は約2兆円(2013年3月末)と莫大である。
また、各債務が一旦デフォルトに陥ればその後自律的な資金調達は困難になる。相当期間政府による信用補完措置などが必要になること、東電の資金調達コストが大きく膨らむことが懸念される。
- 注6)
- こうした論に、経済科学通信No128 「原子力発電所事故に伴う損害賠償債務を負担する電力事業者の有り様について」久保壽彦他
- 注7)
- 星岳雄、アニル・カシャップ、ウリケ・シェーデ「東電処理は会社更生法で」