建物内の直流給電
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
充放電が可能な蓄電池の利用が、住宅規模、ビル規模、そして電力系統の安定化目的でというように、多面的になってきた。その蓄電池も、電気自動車に現在装備されているリチウムイオン電池だけでなく、鉛やニッケル、それにマグネシウム、ナトリウムといったいろいろな素材を使ったものが利用されるようになっている。このような状況の中で、筆者は、住宅やビルの電力供給の主役を将来直流電力が担うようになるだろうと考えてきた。直流自体送電損失が交流に比べて少ないし,家電製品だけでなく広汎な電気製品が、内部では直流を利用しているからである。直流が直接供給できるようになれば、電気機器の製造コストと利用コストも下がるはずだ。
ビルシステム全体が直流を使用するのは、電力消費の大きいデータセンターなどで既に普及し始めている。だが、一般的な電気の利用に直流が主体となる事例はまだ知らなかった。ところがこのほど、戸田建設が、同社筑波技術研究所内に直流給電システムを導入して運用し始めたと発表したのを知って、いよいよ直流が本格的に建物内部で電力供給の基幹的役割を果たす時代に入ると確信した。同社の場合、太陽光発電からの直流を蓄電池に溜め、引き込まれている商用電源も直流に変換してそれに接続している。そして、半導体であるLED照明、携帯電話の充電に直流を利用し、既存システムと比較して約10%の省エネを実現するそうだが、同研究所内で使われるPCなどにも利用することは可能だろう。蓄電池からの電線に接続する時に直流電圧の変換は必要かもしれないが、交直変換に比べるとその損失は小さい。
この事例の場合、既築のビル内でこの切り替えが行われているから、実際には従来の交流給電と併存になっているだろう。最近大型店舗やオフィスビルの照明が、LED照明に切り替えられるケースを多く見かける。既設の交流配線に、照明機器個々に取り付けられた交直変換装置で得られた直流をLEDに供給するのだが、それでも電力消費を大きく下げる実績が出ているのだから、直流の直接供給ができれば、エネルギー効率向上効果がさらに上がることは確かだ。最近、ゼロエミッションハウスとかゼロエミッションビルを売り物にする建物が市場に普及し始めている。このような建物が新築の場合であれば、建物の入り口のところで受電した交流電力を直流に変換し、蓄電池を介して全体に供給するように設計することは難しいことではなかろう。その建物内で交流を使う機器を利用する時には、直流を交流に変換して稼動させることとなる。直流が基幹となる建物が普及すれば、いずれは直流のコンセントから供給される電気の利用で作動する電気機器も商品化されるに違いない。おそらくその製造コストは、交直変換装置が不要なために下がると考えられる。同じことは、既築の建物、特に高層ビルなどを大きく改築する時にも同様に考えることが可能だ。高層ビルの場合、屋内配線の総延長はかなり大きいから、それを効率の高い直流供給に切り替えれば、ビル全体のエネルギー効率は上がるし、蓄電池の利用は当然入ってくるから、その放電容量を適切に設定すれば、BCP(Business Continuity Plan:事業継続性計画)の要望にも対応することができるようになる。
建物への直流給電が普及すれば、現在大きく普及し始めている家庭用燃料電池(エネファーム)や、一部に利用され始めた業務用の燃料電池についても、発電される直流をそのまま供給できることになり、現在必須である直交変換装置が不要となり、そこでの変換損失もなくなるため総合効率は向上するし、不要となった装置のコストも省けるから、燃料電池システムの価格も下がることになる。その建物に設置される蓄電池のコストは、これからも確実に下がっていくはずだから、交流系統からの電力供給への依存度が極めて低い建物が実用化されるだろう。どの程度このような建物が普及するかは、蓄電池のコストダウンが鍵を握ると筆者は考えている。急を要する課題は、実用化に向けた標準仕様や安全基準を早く設定することではなかろうか。