「再エネ固定価格買取制度の見直し」でなく、「廃止」を訴えて欲しかった

書評:産経新聞 金曜討論「固定価格買い取り制度見直し 国民負担の抑制が必要」


東京工業大学名誉教授

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 竹内純子氏の「誤解だらけのエネルギー・環境問題、固定価格買い取り制度の見直し(産経新聞「金曜討論」からの転載」ieei 2014/8/10(以下、今回の転載)を読んだ。将に、正論である。この「固定価格買取制度(FIT制度)」について、かつて(2010年の暮れ)、この制度の導入の可否を問う資源エネルギー庁のパブリックコメントに応募するとともに、この制度を検討する小委員会の委員長の先生にもこの制度の不当性を訴えてきた(当然のように一切無視されたが(文献1 )私には、「わが意を得たり。快哉。」である。最近になって、このFIT制度の効用に疑問を呈する意見も、たまに目にするようになったが、この制度の導入が議論されるようになるまで、まともに異を唱えていたのは経団連の米倉弘昌会長ぐらいであった。この経団連も傘下の電炉企業などの電力多消費産業での電力料金の値上げの減免措置を受けて、反対の矛を収めてしまった。その後、この制度での固定買い取り価格を決めるための委員会の委員を務められた先生方(経団連の方は辞退された)や環境経済学等の専門家と称する先生方をはじめ、多くのお偉い先生方は、口を揃えて、再生可能エネルギー(再エネ)の普及拡大のために、この制度はどうしても必要で、国民に、多少の電気料金の値上げは我慢して欲しいと訴えていた。
 竹内氏は、2000年にこの「FIT制度」を始めて、本家とも言えるドイツでの問題点について調査、本ウエブサイトieei でも紹介しておられ、私も、しばしば引用させて頂いたが、今回の転載でも、この制度での再エネ導入量が増えると、再エネ電力事業者からの買取価格を低下させても、国民負担金額が増加するから、現在、ドイツの消費者団体は「我慢の限界を超えている」と訴えていると紹介している。IEA(国際エネルギー機関)のデータとして公表されている2012年の主要各国の電力料金の値を示した表1に見られるように、ドイツでの、特に家庭用の電力料金で世界一の高い値が、この市民の不満を裏付けている。これに対して、日本は、2012年の7月から、この制度を始めたばかりだから、表1の値には、まだFIT制度導入の影響は入っていないが、今後、もし、このFIT制度が順調に伸びたとしたら、とんでもないことになりそうである。そうでなくても、昨年の半ばころから、原発の再稼動ができないために原油やLNGの輸入金額の増加が家庭用電力料金を押し上げはじめた。我が家でも、基本料金も含めて23~24円/kWh程度と思っていた電気料金が、今年に入り30円/kWh以上になっている。

世界主要国の電力料金

 このFIT制度の最大の問題点は竹内氏も指摘しているように「費用対効果」の視点が軽視されていることである。いや、軽視されているのでなく、無視されている。ここで、費用とは電気料金の値上げの形で巻き上げられる国民のお金である。一方、効果とは、再エネの普及拡大の効果(「費用対効果」の効果)とされているが、この効果が、いま、この再エネ電力の生産事業が経済的に成立することによる内需の拡大(景気の回復)と雇用の促進とされている。しかし、竹内氏も指摘しているように、「高所得者であれば太陽光発電を導入して、余剰電力を電力会社に売ることができるが、低所得世帯はそれも難しい」し、少数の特定の再エネ電力生産事業者の利益のために、多くの国民と、産業界では中小企業者が、電気料金の値上げに苦しまなければならない。特にいま、FIT制度による再エネ電力の主体を占める事業用太陽光電池が安価な中国製であることをどう考えるべきであろうか。

 もともと、FIT制度は、EUにおいては、地球気候変動対策として、化石燃料の代替としての再エネの利用を目的としてはじめられた。ということは、世界各国の協力がなければその効用が得られない(EUでは、ドイツをはじめEU内の諸国が協力しているようだが)。それが、CO2排出量が世界の4 %程度の日本で、特に産業界の反対のために、このFIT制度の法案化が遅れた(EUに比べ 12 年も)理由であろう。日本で、FIT制度の法案化の閣議決定が行われたのが、奇しくも、3.11の原発事故の日の午前中であった。その後、この制度の法案化の目的が、原発事故後、脱原発に転じた当時の管直人元首相の強い要請で(自分の首とのすげ替えで)原発代替に変更され、その退陣直前の2011年8月に法案化された。しかし、現状で、もし、原発代替を目的として、このFIT制度による再エネ電力を普及・拡大させなければならないとしたら、電気料金の値上げによる国民の負担金額は相当大きくなるはずだが、実際には、そうはならない。というのは、現状の経済性を考慮した再エネ電力の導入可能量(ポテンシャル)が小さいから、火力発電用の原油やLNGの輸入金額が日本の貿易赤字を長期継続させることになるからである。それを避けるためには、原発を再稼動させるか、それがいやなら、少し時間がかかるが石炭火力の新増設を急がなければならない(文献1 )。
 さらにまた、FIT制度制定の目的を、もともとの地球気候変動対策に戻して「費用対効果」を考えた場合にも、実は、再エネ電力の利用量と、化石燃料使用の継続に伴う地球温暖化による被害金額の関係が定量的に明らかにされない限り、また再エネ利用での世界各国の協力が保証されない限り、国民の負担費用の適正額は算出できない。一方、再エネの利用を、やがて枯渇する化石燃料の代替と考えるならば、それは、化石燃料の全量を輸入しなければならない日本にとっては、近い将来、何としてでも実現させなければならない重要な課題として浮上してくるであろう。とは言っても、この実行のために、いま、国民に経済的な負担をかけるFIT制度を適用する必要性は何処にもない。化石燃料資源が枯渇に近づき、その輸入価格が上昇すれば、FIT制度を適用しないでも、市場経済原理により、再エネの利用・拡大が推進される。もし、国による政策的な促進を考えるなら、それは、再エネの利用による輸入化石燃料の節減金額に相当する分を再エネ電力生産事業に補助金として付与すればよい(文献 1 )。
 要するに、再エネの普及拡大の目的が何であっても、「費用対効果」の視点から、FIT制度には、何の効用(効果)もないことは明らかである。今回の転載で、竹内氏が引用しているように、ドイツ政府の諮問機関が言う「再エネ法は電気料金を高騰させ、気候変動対策にもイノベーション(再エネ生産の技術開発?)にも貢献せず、同法を継続する妥当性はない」との結論がいま、貿易収支の赤字に苦しむ日本にもそのまま当てはまらなければならない。すなわち、「費用対効果」の視点からの日本のFIT制度は、竹内氏が言われるように単なる「見直す」べき対象ではなく、もともと、存在すべきではなかったのである。実は、このことは、最近の竹内氏の著書「誤解だらけの電力問題(文献3)」のなかでも明確に記されている。すでに、科学的にその存在の合理性が失われてしまったこの不条理なFIT制度について、私が主張している「即刻、廃止すべき」の主張を、竹内氏にも、是非、支持して頂くことを切に是非お願いしたい。
 なお、もう一つ付記したい。それは、いま、政府が進めている電力の自由化、これが実施されれば、消費者は、最も安価な電力を自由に選ぶことができるようになるとされている。竹内氏も指摘しているように、種々問題の多い自由化制度である(文献3 )が、もしこの制度が実施されると、電力料金の値上げにつながるFIT制度で再エネ電力を買わされている現存の電力会社はどうなるのであろうか?いま、電力自由化が議論されているなかで、誰も、この矛盾を指摘する人がいないことの不思議を敢えて指摘したい。

<参考文献>

1.
久保田 宏:原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年
2.
日本エネルギー経済研究所編:「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2013年版」、省エネルギーセンター、2014 年
3.
竹内純子:誤解だらけの電力問題、ウエッジ、2014年

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