(8・15に思う)原子力支えた時代精神の復活を


国際環境経済研究所前所長

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(産経新聞「正論」からの転載:2014年8月4日付)

 広島、長崎への原爆投下、後にも先にも核兵器が実際に使用されたのはこの時だけである。その悲惨な結果を目の当たりにした世界中の政府は、いかに不安定な国際政治環境にあっても、核兵器使用という選択肢を行使することには極めて慎重な姿勢を取ってきたし、未来に向けては核兵器ゼロの世界を目指そうとしていることもごく自然なことだろう。では、人類は原子力エネルギー技術をすべて捨て去ろうとしているのだろうか。世界的には、「否」である。

≪なぜ平和利用の道歩んだか≫

 東京電力福島第1原発の事故後、日本では原子力発電を廃止すべきだとの世論が席巻し、最近ではゼロリスクでないのであれば原子力発電所を動かしてはならないとの司法判断まで現れた。

 こうした反原発の主張の中には「被爆国日本は、当然原発に手を染めるべきではない」というロジックも頻繁に登場する。放射性物質による被害の恐ろしさは原爆も原発も共通であり、この世の中から廃絶されるべきだという論旨だ。現在の日本社会のムードの中では、原発を維持すべきだという立場を取る論客でさえ、こうした議論も心情的には理解できると思う者もいることだろう。

 それでは、原爆被害を受けた昭和20年からわずか10年もたたないうちに、なぜ日本は原子力の「平和利用」すなわち原子力発電推進の道を取りだしたのだろうか。原爆のごとき悲惨な放射線被害の身体的な障害や心の傷も癒えないうちに、原子力エネルギーを利用していくという政策を、国民はなぜ受け入れたのだろうか。特に、福島第1原発以降の世論の流れを見ているわれわれにとっては、終戦後の時代の国民意識や精神構造がいったいどのようなものだったのかという疑問が湧くのである。

 その時代の知識人や政治家、政府関係者などの言説を振り返ると、おおむね次のような世論が形成されていったように思われる。

 --原子力エネルギーや技術は軍事的に利用されれば、人類が滅亡の危機に瀕することは間違いなく、被爆国日本としては核兵器の存在や使用には強く反対を唱えていく。一方、莫大なエネルギーをもつ原子力については、それを日本の復興はもとより人類全体の文明を進化させるための原動力にするという平和的な利用を追求すべきである。特に被爆国の日本であるからこそ、そうした平和的利用のための研究開発や商業利用について、むしろ率先して世界をリードしていくべき使命を有しているし、また最優先でその権利の確保・行使が認められるべきだ。

 原子力は、リスクを伴うが、制御できれば大きな便益を引き出せるポテンシャルを持つエネルギーである。その制御技術は高度であるが、そうであるからこそ、その技術に習熟していくことは日本の技術力を示すいい機会であり、敗戦で失った国の自信や誇りを取り戻していくための道程の中心に据えるべきものである--。

≪課題に挑戦、乗り越える≫

 こうして形成された世論や国民意識に後押しされる形で、優秀な技術者の卵が原子力分野に進み、さらに国の予算注入や事業者の大規模な投資が行われ始めた。すなわち、戦後日本において希少かつ貴重だった人的資源や資金が、原子力分野に傾斜的に投入されていくことになるのである。

 一方で、この頃には原子力損害賠償法が成立するなど、原子力発電に伴う事故のリスクは当然のように認識されていて安全神話など存在しなかったし、新規の原子力発電所の運転開始直後にはトラブル続きの時期もあった。にもかかわらず、失敗したことの責任者を探してたたくという後ろ向きの姿勢ではなく、失敗を乗り越えて新しい技術や方法論にチャレンジするという活気が、戦後復興を目指す社会全体に横溢していたことが幸いして、初期のトラブルは乗り越えられていったのである。

 翻って現状はどうか。確かに福島第1原発の事故は大きな失敗だったし、原子力関係者に深甚なる反省の機会をもたらした。しかし、私が懸念するのはその後の関係者の萎縮した後ろ向きの対応である。原子力コミュニティーの人たちは口が重くなり、事業者も「今は何を言っても世の中は聞いてくれない」という思い込みからか、意見の発信に慎重だ。

萎縮してはいられない

 さらに、特に前政権時には、政府や政治家がよってたかって、責任者探しと公衆面前での批判に明け暮れるという事態が続いた。このような関係者の態度が続くようでは、原子力の将来はない。

 構造的に資源に枯渇している日本にとっては、原子力技術を維持していくことは依然として重要な課題である。終戦記念日を前に思うのは、戦後の焼け野原から復興に向けてすべての資源を結集し困難があっても常にそれを克服していくのだという明るい精神態度、これが今の時代にも少しばかり復活すれば、ということである。

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