ドイツの電力事情⑫ ”脱原発”の経緯とコスト(後編)


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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メルケル首相の原子力モラトリアムと事業者からの訴訟

 技術立国とされる日本で原子力発電所事故が起きたことに、メルケル首相は大きな衝撃を受ける。そして前編の冒頭で述べた通り3月15日には国内8基の原子力発電所の3ヶ月間一時停止を指示したのである。その後、2011年8月には原子力法を再び改正し、一時停止している原子力発電所の再稼働禁止と、残る9基の原子力発電所それぞれの停止年限を決定した。脱原子力の時期を実質的に2002年原子力法改正当時のものに戻したわけであるが、しかし、核燃料税については存置した。
 こうした度重なる政策変更に対して、ドイツの原子力事業者4社のうち、3社が提起した訴訟を下記に整理する。なお、求められている損害賠償の額など訴訟の詳細については公式の資料が無いため、報道をベースとした取りまとめになることをご容赦頂きたい。
 訴訟の主要な争点は、(1)財産権の侵害(①2011年3月の一時停止措置に対して、②同年8月の原子力法改正による再稼働禁止措置に対して)と(2)核燃料税の合法性である。日本の報道には一部「国の脱原子力政策に対して訴訟が起こされた」と報じるものが見受けられたが、それは正しくない。民間事業者として争うべきは、国のエネルギー政策の適否ではなく、彼らの財産権が侵害されているか否かなのである。

2011年3月の一時停止措置の法的妥当性および損害賠償を求めて、RWEが提訴

 連邦政府の委託を受けたヘッセン州環境省から、同社所有の原子力発電所2基の停止命令を受けたRWEは2011年4月1日、この指示の法的妥当性を巡ってヘッセン州行政裁判所に提訴。2013年2月27日、運転停止指示は違法であるとして原告勝訴の判決。
 これを受けてRWEはこの違法な一時停止措置によって生じた損害に対する賠償(約1.87億ユーロ、約262億円と言われる。1ユーロ140円で換算)を求めていくこととなる。
 なお、この一時停止措置の法的妥当性を問う訴訟を起こしたのはRWEのみであった。この一時停止措置は、2010年12月の原子力法改正で導入されたバックフィット条項を法的根拠とする議論があったことも影響してか、他の事業者は提訴に踏み切らなかったが、RWE勝訴を受けて訴訟が広がる可能性も否定出来ないであろう。

2011年8月の原子力法改正により再稼働が禁止されたことは財産権の損害であり憲法に反するとして、RWE、E.ON、Vattenfallの3社がそれぞれ連邦憲法裁判所に提訴。

 2002年の原子力法改正に先立ち政府・事業者間が合意したそれぞれの原子力発電所の残存発電電力量は事業者固有の財産であり、これを残した原子炉の停止を強制することは財産権の侵害にあたるとの主張。
 なお、Vattenfallはスウェーデンに本社を置く事業者であるため、RWE、E.ONとは異なる手段をとっている。すなわち、ドイツ政府の政策変更は、「エネルギー憲章に関する条約」の定める「外国企業の財産権侵害」にあたるとして、世界銀行によって設立されたICSID(International Centre for Settlement of Investment Disputes:国際投資紛争解決センター)に調停を申し出、その上でドイツの連邦憲法裁判所に提訴したのである。同社は「ブルンスビュッテルとクリュンメルの2原子力発電所の『発電権』が没収されたことに対して補償を求めており、その金額は2011年の上半期だけでも100億スウェーデン・クローナ(15億ドル)に上る」と報じられている。
 EnBWはこの件について提訴していないが、その理由は同社の株式のほとんどを地方自治体が所有し、同社が「公営」であることにあるとされる。しかし、他社の訴訟の動きによっては提訴に踏み切る可能性も否定出来ない。
 政策変更により生じた逸失利益や損失補償として3社が求めている請求額は合計150億ユーロ(2兆1000億円)にも上ると報じられている(2012年6月13日REUTER報道)。