燃料電池自動車の販売開始が拓く道
塩沢 文朗
国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター
このため、FCVの燃料として改質または副生水素を燃料として用いた場合には、化石燃料から水素を製造する際に発生するCO2排出量も考慮すると、FCVの単位走行距離当たりのCO2排出量はEVのそれに比べてむしろ多くなってしまいます。具体的には、天然ガスを改質して製造された水素を燃料とするFCVは、走行距離1kmあたり78gのCO2を排出する一方、EVは2009年度の電源構成の電力では同55g、2012年度の電源構成の電力では同77gのCO2を排出すると分析されています注4)。また、ハイブリッド自動車(HEV)と比べても、改質または副生水素を用いたFCVの走行距離1kmあたりのCO2排出量はHEVのそれを約17%削減する程度です。
HEVに比べて約2割のCO2排出削減、そしてEVにはCO2排出量ではやや劣るものの、EVの自動車としての大きな制約である走行可能距離の短さを克服できることは、決して小さなことではないかもしれません。しかし、この程度の効果を得るために、先に記したような大きなリスクを敢えて取ることを覚悟し、FCVの販売に踏み切る決断をしたのでしょうか。
私は、トヨタやホンダはFCVのもっと大きな可能性に賭けて、FCVの事業化に踏み切ったように思います。そしてその可能性は、日本を新たなエネルギー社会に導く可能性でもあるのです。それはCO2フリー水素を燃料とすることにより開けてくる可能性です。
CO2フリー水素を燃料とするFCVは、先の走行距離1kmあたりのCO2排出量を14g程度に減らすことが可能です注5)。これはガソリン車のCO2排出量を90%、HEVでは85%減らすことになります。さらにEVと比べても75~82%減るのです。FCVの価値は、CO2フリー水素を燃料とすることによって初めて出てくると言ってもよいでしょう。しかし、CO2フリー水素を安価に手にするためには、国内の再生可能エネルギー資源の質と量は限られているので、海外から再生可能エネルギー由来の水素エネルギーを運んで来ざるを得ません。つまりFCVの事業化に踏み切るということは、近い将来、海外からCO2フリー水素を導入することを視野に入れた決断とも考えられるのです。
ところで、やや読者の方々を肩すかしするようで恐縮ですが、実は、そんな立派な判断があったかどうかにかかわらず、FCVの事業の拡大のためには、いやでも海外からのCO2フリー水素の導入を視野に入れておかなければならない可能性もあります。国内で調達できる改質または副生水素の量には限りがあるので、FCVの普及がHEV、EVと同様のペースで進んだ場合には注6)、2030年前後には国内の水素では不足する可能性が出てくるためです注7)。
海外からのCO2フリー水素の導入は、日本のエネルギー事情を大きく変える可能性があります。CO2フリー水素を海外から大量に導入する道が開かれるということは、化石燃料に代わるCO2フリーの燃料として水素エネルギーを発電用の燃料に使用する可能性を開くことにもつながります。もちろん他の発電用燃料と競合できるほど、水素エネルギーのコストダウンが実現することが条件となりますが、発電分野に水素エネルギーが導入されるようになると、日本のCO2排出量を格段に大きく減らすことが出来ます。太陽、風力エネルギーは、枯渇することがなく、かつ、政情の安定している地域にも多く存在しているので、そうしたエネルギーを利用したCO2フリーの水素エネルギーを海外から導入してもエネルギー・セキュリティの問題はありません。つまり、海外からのCO2フリー水素エネルギー導入の道が開かれることによって、日本が長い間、その解決に取り組んできたエネルギー制約、環境制約を克服することができるのです。
私は、今般のFCVの販売開始に、こうした日本の新たなエネルギー社会の幕開けにつながる道を見ています。
- 注4)
- 「水素・燃料電池戦略ロードマップ」、水素・燃料電池戦略協議会、2014年6月23日で引用されている「総合効率とGHG排出の分析報告書」((財)日本自動車研究所、2011年3月)の分析結果。ここで電力構成によって大きくCO2排出量が違うのは、原子力のようにCO2を排出しない電源と石炭を始めとする化石燃料を燃料とする電源があるため。2012年度は多くの原子力発電所が停止していたことから、発電された電気のCO2排出量は大きい数字となっている。
- 注5)
- 同上。
- 注6)
- プリウスの販売開始が1997年。2012年度末までにプリウスを含む日本国内のHEVとEVの保有台数の合計は約300万台となった((一社)次世代自動車振興センターの推定)。このペースで行くとプリウス販売開始から20年弱で、HEVとEVの国内保有台数が500万台程度になる可能性がある。
- 注7)
- 国内で供給可能な水素量の推定値には、65~180億N㎥と大きな幅があり、現時点で断定的なことは言えないが、65億N㎥程度しか存在しないとするとFCV1台が消費する水素量は年間約1,100N㎥なので、国内保有台数が500万台を超えると国内で供給可能な水素量では不足する可能性がある。