私的京都議定書始末記(その41)
-土壇場の調整-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
日本は「コペンハーゲン合意の別表Ⅰ、別表Ⅱに登録された先進国、途上国の目標・行動をCOP決定でテークノートし、CMP決定ではCOP決定全体をテークノートする」ことを提案した。これであればCMP決定が日本を含む先進国の数値を直接的にテークノートすることがなくなり、しかも間接的にテークノートされるものの中には先進国の緩和目標だけではなく、途上国の緩和行動も含まれる。第二約束期間を予断させる要素が排除されるというわけだ。予想されたように途上国からは「CMP決定は第二約束期間に関するものであり、途上国の緩和行動をテークノートすることなど有り得ない。CMP決定ではAWG-KPの文書に基づくアンカリングを行うべきだ。それができないならば途上国はCOP決定での緩和行動のアンカーを受け入れない」との強い反論があった。
日本やロシアは「どうしてもAWG-KPの文書に基づくアンカリングを行うのであれば、日本、ロシアの名前を削除すべきだ」と主張したが、これには先進国の一部から「AWG-KP文書から特定の国を削除すると途上国のアンカリングに悪影響を与える」との理由で反対があった。
膠着した議論の中から浮上してきたアイデアが、米国を含む先進国の緩和目標についてAWG-LCAでもAWG-KPでもない、補助機関会合(SB:Subsidiary Body)の文書に列挙し、それをCOP決定、CMP決定両方でテークノートするというものであった。論理的にはそういった文書をAWG-LCAで作成し、それをCOP決定、CMP決定でテークノートするというアイデアもあるが、2トラックアプローチに固執する途上国は、AWG-LCAとAWG-KPとの相互連携を常に排除してきた。CMP決定でAWG-LCAの文書をテークノートするという案は受け入れられなかっただろう。最も心配だったのは米国の反応だった。京都議定書締約国でない米国にとってCMPは何の関係もない。米国がSB文書に盛り込まれた自国の目標がCMP決定でテークノートされることを拒否すれば、この案は崩壊してしまう。しかし幸いなことに米国はこの案を受け入れた。自国が参加していないCMPにテークノートされても痛くも痒くもないということだったのかもしれない。
アンカリングでもう一つ議論になったのが、先進国の緩和目標(COP決定パラ②)と途上国の緩和行動(COP決定パラ③)の表現ぶりだった。原案では Takes note of (緩和目標/緩和行動) to be implemented by(先進国/途上国)as communicated and contained in(先進国・途上国の緩和目標/緩和行動を列挙した文書)という構造になっており、先進国と途上国のパラレリズムを保った表現になっている。中国等はパラ②を強める一方、パラ③を弱め、先進国、途上国の行動に段差をつけることを企図したが、これには米国が猛然と反発し、結局原案のままとなった。アンカリングについての合意内容は以下の通りである。
COP
1bi: Takes note of quantified economy wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document FCCC/SB/AWG/2010/INF X;
1bii: Takes note of nationally appropriate mitigation actions by non-Annex I Parties to be implemented as communicated and contained in document FCCC/LCA/AWG/2010 INF Y;
CMP
Takes note of quantified economy wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document FCCC/SB/AWG/2010/INF X;
CMPで引用される文書がAWG-KPの文書ではなく、米国の目標も含むSB文書になったことにより、第二約束期間を予断させる度合いは大きく減殺した。しかし米国については京都議定書締約国でないという大きなファイアーウオールがあるのに対し、日本、ロシアは京都議定書締約国である。自国の目標を含む文書がCMP決定で引用される以上、もう一段の仕掛けが必要であった。