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私的京都議定書始末記(その41)

-土壇場の調整-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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東京との連絡

 交渉2週目に入り、争点も明確化してきたことは前回記した通りである。1週目は初日のステートメントにより、日本が「悪役」としてクローズアップされたが、2週目にはそれも落ち着きをみせていた。むしろカンクンでどのようなディールをするのか、更に言えば法的形式やアンカリングについて皆が受け入れられるような表現は何か、というプラグマティックな論点が焦点になっていた。議長国メキシコは初日のステートメントにより当初、「交渉の雰囲気が損なわれる」として強い懸念を表明していたが、週末に到着した松本環境大臣はメキシコに対し、「第二約束期間に入らないという日本の立場は変わらないが、交渉妥結に向け、最大限の協力をする」と言明し、先方の理解を得ていた。また各国との二国間会談においても、譲れない線ははっきりさせつつ、日本が第二約束期間に反対しているのは、全ての国が入る公平で実効ある枠組みという大きな目的を重視するからであると辛抱強く説明した。途上国の中でも中国のように日本の対応を厳しく批判する国もあったが、グレナダのように「日本の言うことは理解できる」という反応をする国もあり、インドのラメシュ森林環境大臣も「日本の決定はregrettableではあるが、understandable であり、この問題が良好な日印2国間関係に影響を与えるべきではない」と言っていた。他方、欧州委員会のヘデゴー委員(彼女はコペンハーゲンの失敗にもかかわらず、欧州委員会気候行動総局担当の委員に栄転していた)は松本大臣に対し翻意を強く迫り、激しいやり取りになったらしい。松本大臣は後で「言い合いになっちゃったよ」と笑っておられた。

 いずれにせよ、交渉は土壇場を迎えつつある。現地時間8日夜(東京時間9日朝)には松本大臣から菅総理に電話で状況報告を行った。総理官邸には外務省、環境省、経産省の幹部が集まり、事前に現地の状況報告を行っていた。官邸の中には「このままでは日本が会議を壊したことになる。何か考えなければならない」と総理に妥協を進言する高官もあったようだ。その際、菅原経産省産業技術環境局長は、先に紹介した英紙タイムズの記事「日本は他国より正直なだけだ。歴史は、日本の発言が交渉官に現実を直視させたと審判を下すかもしれない」を示し、安易な妥協を戒めたという。電話会議では、松本大臣からは「現地交渉団は対処方針に従い、しっかり頑張っている」と報告し、菅総理からも「頑張ってください」という激励があった。菅総理は電話会議後、「今回は日本が孤立して悪役になっても仕方がない」と締めくくったという。

 9日午前にはハイレベルセグメントで松本大臣がステートメントを行い、日本の考え方を表明した。政府が上から下まで一体となって対応できたことは、日本政府代表団にとって大きな支えであった。

デ・アルバ大使の調整

 9日の午前中も、結局、予定されていた京都議定書とアンカリングに関する非公式コンサルテーションは行われないままだった。昼過ぎに再々度行われたエスピノーザ議長主催の非公式コンサルテーションで、英国のヒューン大臣は前日の文案をそのまま議長国メキシコに提出したいとの発言があった。COP16最大のイシューが、議長国メキシコ自身の調整に委ねられたのである。エスピノーザ議長はデ・アルバ大使が共同ファシリテーターと協議し、その結果を報告するようにと指示した。

 非公式コンサルテーションが終わるか終わらないかのうちに、メキシコ側からデ・アルバ大使による調整が行われるので指定された部屋に来て欲しいとの声がかかった。大会議室ではなく、ホテルの中の部屋である。いよいよ土壇場の文言調整を少人数で行うのだ。日本からは外務省の杉山審議官を代表に環境省の森谷審議官と私、更に外務省から関口交渉官が随行した。9日午後3時過ぎに指定された部屋に行って見ると、メキシコのデ・アルバ大使、英国のヒューン大臣、ベッツ局長、ブラジルのマシャド局長、米国のスターン特使、ドイツのザッハ次長、欧州委員会のルンゲメツカー局長、ロシアのシャマノフ交渉官、豪州のコンベ大使、中国の蘇偉(スーウェイ)局長、インドのグプタ大使、南アフリカのウィリス交渉官他、マーシャル諸島、エジプト、ベネズエラ、コロンビアから錚々たる面々が集まっている。この面々でドラフティングを行うのだ。この時、その他の論点(緩和/MRV、適応、資金・技術・キャパシティビルディング、共有のビジョン)についても同時並行的に少人数会合が行われていたに違いない。

 協議のベースとなったCOP決定、CMP決定案を以下に示す。

COP

Calls for the conclusion of an agreed legal outcome under the Bali Action Plan as soon as possible;

1bi: Takes note of quantified economy wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document FCCC/KP/AWG/2010/INF 2 and in document FCCC/LCA/AWG/2010 INF X;

1bii: Takes note of nationally appropriate mitigation actions by non-Annex I Parties to be implemented as communicated and contained in document FCCC/LCA/AWG/2010 INF Y;

 1bi、1bii とは、バリ行動計画のパラ番号であり、前者は先進国の緩和目標、後者は途上国の緩和行動を指す。FCCC/KP/AWG/2010/INF 2 が、AWG-KPで作成された京都議定書締約附属書Ⅰ国の中期目標をとりまとめたペーパーであり、FCCC/LCA/AWG/2010/INF X は京都議定書に参加していない米国の中期目標を記載したペーパー(新規に作成)、FCCC/LCA/AWG/2010/INF Y は途上国の緩和行動をとりまとめたペーパー(新規に作成)のことである。

CMP

Calls for a conclusion as soon as possible of the negotiation for a second commitment period of the Kyoto Protocol, pursuant to decision 1/CMP.1;

Recognizes the urgency of this task in order to avoid any gap between the 1st and 2nd commitment period of the Kyoto Protocol

Takes note of quantified economy-wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document UNFCCC/KP/AWG/2010/INF 2;

Recognizes that further work is needed to translate these emission reduction targets to quantified economy wide limitation or reduction commitments

 1/CMP.1 とはAWG-KPの設置根拠となったCMP決定のことである。

 もとより、最終的なCOP決定、CMP決定はもっと大部なものになる。しかし最ももめる論点はこの数パラグラフに集約されており、ここで少人数会合の合意が得られれば、それが全体の決定文に差し込まれるということである。

AWG-LCAの交渉成果の法的形式と京都第二約束期間

 議論は行きつ戻りつしたのだが、大きな議論になったのがAWG-LCAの交渉成果の法的形式(COP決定パラ①)と京都第二約束期間の方向性(CMP決定パラ①、②)である。COP決定原案ではAWG-LCAの成果として an agreed legal outcome という表現が使われている。EUは第二約束期間を容認する条件としてAWG-LCAでパラレルな法的枠組みができることをあげており、この表現はEUにとって非常に重要なものであった。しかし予想されたように中国、インドはAWG-LCAでの交渉成果の法的形式をプレジャッジすることは認められないと強く反対した。米国も先進国と途上国の法的義務のパラレリズムが保証されなければ「法的成果」と書くことに反対した。交渉がもめた場合、既存の合意の表現に戻るのは常套手段である。結局バリ行動計画の文言がそのまま繰り返されることになった。

Agree that the AWG-LCA shall aim to complete its work on an agreed outcome under the Bali Action Plan and have its results adopted by the COP as early as possible.

 京都第二約束期間を容認することでAWG-LCAでの法的成果に道筋をつけるというのがEUの戦略であったが、あえなく失敗したということだ。

 他方、CMP決定については、中国、南ア等が現行案パラ①、②はAWG-KPの設置根拠となった1/CMP.1 よりも更に後退しており、1/CMP.1 にならった表現とすべきと主張した。途上国は京都第二約束期間設定に向けてもっと踏み込んだ表現にしたかったであろうが、AWG-LCAの成果についてバリ行動計画の文言をそのままコピーする一方で、京都第二約束期間については前に進めようというのではEUも含め先進国が受け入れるはずがない。こちらも既存合意文書の文言をコピーすることとなった。CMP決定パラ①、②を一緒にし、以下のような表現になった。

Agrees that the AWG-KP shall aim to complete its work and have its results adopted by the CMP of the KP as early as possible and in time to ensure that there is no gap between the first and second commitment periods.

 要するにAWG-LCAもAWG-KPの2トラックアプローチを継続し、結論は先延ばしにしたということだった。

先進国・途上国の緩和目標、緩和行動のアンカリング

 いわゆるアンカリングの議論は紛糾した。COP決定のパラ②で先進国を米国とそれ以外に分け、CMP決定のパラ③でAWG-KPのペーパーにまとめられた京都締約先進国の中期目標をテークノートするという原案は、第二約束期間における目標設定を強く予断させるものであり、第二約束期間に入ることを拒否する日本、ロシアにとって到底、受け入れられるものではない。

 日本は「コペンハーゲン合意の別表Ⅰ、別表Ⅱに登録された先進国、途上国の目標・行動をCOP決定でテークノートし、CMP決定ではCOP決定全体をテークノートする」ことを提案した。これであればCMP決定が日本を含む先進国の数値を直接的にテークノートすることがなくなり、しかも間接的にテークノートされるものの中には先進国の緩和目標だけではなく、途上国の緩和行動も含まれる。第二約束期間を予断させる要素が排除されるというわけだ。予想されたように途上国からは「CMP決定は第二約束期間に関するものであり、途上国の緩和行動をテークノートすることなど有り得ない。CMP決定ではAWG-KPの文書に基づくアンカリングを行うべきだ。それができないならば途上国はCOP決定での緩和行動のアンカーを受け入れない」との強い反論があった。

 日本やロシアは「どうしてもAWG-KPの文書に基づくアンカリングを行うのであれば、日本、ロシアの名前を削除すべきだ」と主張したが、これには先進国の一部から「AWG-KP文書から特定の国を削除すると途上国のアンカリングに悪影響を与える」との理由で反対があった。

 膠着した議論の中から浮上してきたアイデアが、米国を含む先進国の緩和目標についてAWG-LCAでもAWG-KPでもない、補助機関会合(SB:Subsidiary Body)の文書に列挙し、それをCOP決定、CMP決定両方でテークノートするというものであった。論理的にはそういった文書をAWG-LCAで作成し、それをCOP決定、CMP決定でテークノートするというアイデアもあるが、2トラックアプローチに固執する途上国は、AWG-LCAとAWG-KPとの相互連携を常に排除してきた。CMP決定でAWG-LCAの文書をテークノートするという案は受け入れられなかっただろう。最も心配だったのは米国の反応だった。京都議定書締約国でない米国にとってCMPは何の関係もない。米国がSB文書に盛り込まれた自国の目標がCMP決定でテークノートされることを拒否すれば、この案は崩壊してしまう。しかし幸いなことに米国はこの案を受け入れた。自国が参加していないCMPにテークノートされても痛くも痒くもないということだったのかもしれない。

 アンカリングでもう一つ議論になったのが、先進国の緩和目標(COP決定パラ②)と途上国の緩和行動(COP決定パラ③)の表現ぶりだった。原案では Takes note of (緩和目標/緩和行動) to be implemented by(先進国/途上国)as communicated and contained in(先進国・途上国の緩和目標/緩和行動を列挙した文書)という構造になっており、先進国と途上国のパラレリズムを保った表現になっている。中国等はパラ②を強める一方、パラ③を弱め、先進国、途上国の行動に段差をつけることを企図したが、これには米国が猛然と反発し、結局原案のままとなった。アンカリングについての合意内容は以下の通りである。

COP

1bi: Takes note of quantified economy wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document FCCC/SB/AWG/2010/INF X;

1bii: Takes note of nationally appropriate mitigation actions by non-Annex I Parties to be implemented as communicated and contained in document FCCC/LCA/AWG/2010 INF Y;

CMP

Takes note of quantified economy wide emission reduction targets to be implemented by Annex I Parties as communicated and contained in document FCCC/SB/AWG/2010/INF X;

 CMPで引用される文書がAWG-KPの文書ではなく、米国の目標も含むSB文書になったことにより、第二約束期間を予断させる度合いは大きく減殺した。しかし米国については京都議定書締約国でないという大きなファイアーウオールがあるのに対し、日本、ロシアは京都議定書締約国である。自国の目標を含む文書がCMP決定で引用される以上、もう一段の仕掛けが必要であった。

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