オバマ政権の環境・エネルギー政策(その15)

2009年予算教書時:排出量取引導入により2020年には14%削減


環境政策アナリスト

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 ブッシュ政権からオバマ政権に変わり、米国の環境政策は温暖化対策に積極的に取り組む方向に大きく舵を切った。以下その具体的内容をみていきたい。
 選挙時から当選後オバマ大統領が述べてきた温暖化対策の内容をまとめてみよう。まず、オバマ大統領は、包括的、全国的なキャップ&トレード、つまり温室効果ガスの排出量取引導入案を提示する。これにより2020年には温室効果ガス排出量を2005年比でマイナス14%(1990年比ではプラスマイナス0%)、2050年にはマイナス83%(同80%)にすると提案している。排出枠は100%オークションにより購入。その収入はクリーンエネルギー技術の開発・導入・普及のための政府支出に活用する。
 次にクリーンエネルギーの導入策である。連邦レベルでは2025年までにRPS(再生可能エネルギー導入目標)25%導入の制定を支持していた。州レベルではすでにワシントンD.C.を含む29州が州独自のRPSを導入している。RPSとは、再生可能エネルギーを一定量導入することを電力会社に義務付ける政策である。RPSに関する法案は、2007年には下院で成立したことはあるが、両院を通過したことはこれまでない。
 また国際的な気候変動枠組交渉への復帰を強く主張している。この点は、大変強い熱意を持っており、2008年末のポーランドのポズナニで開かれたCOP14は共和党政権下最後のCOPとなった。COP14においては米国は事実上不在の中で先進国の模様眺めの中の審議であった。当時のオバマ次期大統領は同時に開かれたCMP4(京都議定書締約国会議;米国は批准せず脱退している)においても米国交渉官たちへ「オブザーバー」としてしっかり参加し、報告をするように求めるメッセージを届けている。ここに単なる「オブザーバー」ではなく、より広範な観点から発言をするという意思が現れており、2009年4月のドイツ・ボン特別作業部会から始まるスターン気候変動問題特使・パーシング気候変動問題特使代理(交渉官)という組み合わせの重厚布陣につなげた。
 ホワイトハウス内ではエネルギー・環境をみる補佐官を新設し、ブラウナー氏が指名され、大きな権限を与えられた。気候変動政策をめぐっては、ホワイトハウス内でブラウナー補佐官が主導する流れと、他方、ホワイトハウス内には国家経済会議などを舞台とする現実主義者が率いる流れとがあり、その後第二期政権となるにつれ、前者は求心力を失うことになる。
 2009年2月に行われた一般教書演説では選挙時からの発言をなぞらえ、オバマ大統領は2年間に350万人の雇用を確保すると述べた。道路、橋の再建、風力タービン、ソーラーパネルの建設などの仕事を提供するというものだ。風力、太陽光、バイオ燃料などの再生可能エネルギーに年間150億ドルを投資し、再生可能エネルギーによる電力供給量を今後3年で倍増させると主張、また、再生可能エネルギー推進のために、送電線の建設も提唱した。
 次に、2009年2月に発表された予算教書では、2012年からのキャップ&トレード制度の計画を公表すると同時に、2012年から環境保護庁予算として年間800億ドルのオークション収入見通しを示した。オークション収入の使用目的を具体的に150億ドルは気候変動対策のためのクリーンエネルギー開発の資金とし、残りは低所得者の税控除およびキャップ&トレード導入によるエネルギー価格向上による影響緩和にあてるとした。
 キャップ&トレードの前提になる炭素価格(二酸化炭素換算)は、1トンあたり20ドルとしている。ある政府高官は「これはたいへん保守的な想定で、これ以上に上昇する可能性は十分ある」と発言している。
 また同予算教書では、温室効果ガス排出削減量の基準年を、従来の1990年から2005年としている。この点詳しい説明はないが、1990年を基準年した2020年でプラスマイナス0%というのは交渉上不利とみたのかもしれない。しかし、別の理由で2005年を含む複数基準年を主張してきていた日本の前政権の目標との親和性のあるものだった。
 しかし、その後2009年のコペンハーゲンにおけるCOP15において、自ら策定に携わったコペンハーゲン合意(正式採択はされず、COPにtake noteされた形になった)に基づき、2005年比17%削減を米国の目標として国連に登録をしている。その間に目標については、下院で可決されたワックスマン・マーキー法案をベースにしている。
 他方、上院議会は別の法案を提出し、米国の気候変動法案は上院の法案に注目が集まった。下記にこれを詳述したい。

上院有力気候変動法案は経済への影響の大きさから廃案に

 ブッシュ政権は温暖化対策に消極的ではあったが、米国議会では2007年から2008年にかけて数多くの気候変動法案が提出された。ビンガマン・スペクター法案、ファインシュタイン法案、ケリー・スノー法案、マケイン・リーバーマン法案、サンダース・ボクサー法案などがあったが、2007年の秋から冬にかけて、リーバーマン・ウォーナー法案(気候安全保障法案)で一本化され、有力な法案として位置づけられた。
 リーバーマン・ウォーナー法案では2020年には温室効果ガスを2005年比で19%削減、2050年では71%削減するという目標を掲げ、達成手段についてはキャップ&トレードを柱に掲げた。オークションは当初、一部無償割当があるものの、漸次これの比率を引き上げるというものだった。
 しかし、2008年6月の本会議で、リーバーマン・ウォーナー法案は討議終結動議に対し、賛成48票、反対36票で、フィリバスター(議事妨害)を阻止するのに必要な60票を得られず否決されてしまう。
 大統領選挙の予備選中でもあったために、立候補していたオバマ、クリントン、マケインの3上院議員は投票をせず、ほかにも多くの棄権者が出たという背景もある。しかし、ポイントは事前の想定よりもはるかに賛成票が少なかった点だ。
 こうなった理由は、各投票直前に複数の機関が発表したリーバーマン・ウォーナー法案に基づく経済見通しにある。見通しを発表したのは、全米製造業協会/米国資本形成委員会(American Council for Capital Formation)、環境保護庁、CRA(ケンブリッジリサーチアソシエイツ)インターナショナル、議会予算局(CBO)、エネルギー情報局(EIA)などがあるが、いずれも経済への影響の深刻さを指摘している。
 例えばその中のひとつCRAインターナショナルの試算では、2020年で電気料金は24.5%上昇、一家庭あたりのコストは年間2001ドル引き上げ、国内総生産を1.2%押し下げるとしている。ここで特筆しておきたいのは、この試算では2050年までに新たに1億キロワットも原子力を導入拡大するのが前提という点である。それだけ原子力を導入しても経済への影響は緩和されないということだ。原子力導入拡大の前提は他の試算にもあり、CRAインターナショナルの試算だけに特徴的なことではない。

出典:前田一郎 日経BPスペシャルECOマネージメント「リポート地球温暖化対策の実像 ワシントンからの報告 気候変動法案の経済評価」 [前編]大統領選の前哨戦?民主・共和両党が多数派工作[後編]温暖化対策は画餅か?浮かび上がる法案の弱点

 こうした経済見通しに関する各種レポートの結果、同法案に対する懸念は共和党内だけではなく民主党議員の間でも広がった。例えばブラウン上院議員(民主党:オハイオ州選出)、ランドリュー上院議員(同:ルイジアナ州選出)らは、同法案によって生じる自州の製造業やエネルギー産業の負担など、経済的影響に関する懸念を表明した。
 また、両氏とは別に製造業・工業州を代表する10人の中間派の民主党議員が、リード院内総務とボクサー環境・公共工事委員長にあてて、2008年6月6日付で書簡を提出した。彼らは連邦レベルのキャップ&トレードを支持、そのためのボクサー委員長の努力は評価するものの、今後のキャップ&トレード法案には以下の条件を必要とすると注文した。

1.
コストの抑制およびアメリカ経済への影響の低減
2.
新しい技術への投資と既存の技術の積極的な普及
3.
各州の公平な取り扱い
4.
アメリカの労働者家族の保護
5.
アメリカの製造業の雇用の保護と国際競争力の強化
6.
農業と林業の役割の十分な認識
7.
連邦と州の権限の分担の明確化
8.
キャップ&トレード収入利用の説明責任

 この書簡に先立つ2007年12月5日、上院環境・公共事業委員会はリーバーマン・ウォーナー法案を可決した。ここでも僅差であった。ボクサー環境・公共事業委員長は、少なくとも同月に行われたインドネシアのバリで開催されたCOP13に間に合わせようとしていると言われていた。しかし、結局、ボクサー委員長はバリへは行かなかった。理由は不明であるが、ひとつには僅差(賛成10票、反対8票)の可決であったため、上院内での求心力が働かないと判断をしたのかもしれない。
 しかしながら結果的にはリーバーマン・ウォーナー法案は2008年6月本会議での多数派工作に失敗し、廃案になってしまった。2008年秋は大統領選挙一色となっていたこともあり、ボクサー環境・公共事業委員長は、結果的に次期政権の連携での次の国会を待つこととなった。
 この一連の顚末を整理すると下記のとおりとなろう。第一には2006年以来の民主党多数の上院ではキャップ&トレードをベースにした気候変動法制を制定する流れが明確となったこと。第二には、米国で気候変動法制化において費用の抑制措置に十分意を払わないと成立は必ずしも支持を得られないということが認識されたこと。第三に、オークションにするか無償割当にするかがポイントであることである。
 特に第三の点においては、オークション派と無償割当派の意見対立が明確となった。オークションを主張する側はその収入を期待する一方で、無償割り当てを主張する側はなるべく多くの無償割当を得てトレードにおいて比較優位を得ようとする。後者は国際競争力の低下を恐れる産業界、前者は財政収入につながる当局である。電力会社の中には早々に「配電会社への無償割当てが望ましい」と主張する会社があった。
 発電量見合いでの割当だと化石燃料発電だけが対象となるが、配電量見合いの割当だと、原子力、水力や再生可能エネルギーといった非化石燃料からの発電が多い会社には相対的に有利になるからだ。またノースカロライナなどを基盤とする電力会社、デューク電力のジム・ロジャーズ会長兼CEOは「100%オークションは40%の電気料金上昇をもたらす。また、民主党対共和党という対立以外に地域間対立(地域によって電源構成が異なるので)を招く」とオークション導入を牽制するなど、早くからキャップ&トレードの制度設計を巡って侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が始まっていた。

気候変動法制に奔走したリーバーマン上院議員(民主党から中間派へ 右)その後引退

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