電カシステム改革下で
原子力発電事業を可能にする条件を問う
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
東電問題の出回戦略
国は機構法に基づき、原子力損害の賠償責任を負う事業者に対し、出資や賠償金の支払いにあてる資金を交付するというかたちで資金援助を行い、機構に参加するすべての事業者から徴収する「一般負担金」と資金援助の対象となった事業者から徴収する「特別負担金」で援助した資金を回収していく。しかし、こうした枠組みは、①東電の現場力の低下、②総括原価主義による料金規制の撤廃を伴う電力システム改革との不整合、③国民負担の極小化をなしえていない、④他事業者が同様の事故を起こした場合に対応できない、⑤他事業者が負担する一般負担金の根拠が曖味で負担の予見可能性がない、⑥地域コミュニティの再生は金銭賠償ではなしえない、といった問題を抱えている。
とくに③については、国民負担は税金だけを意味するのではなく、電力料金も国民負担であり、一般的な税金よりも逆進性が強く、低所得者層への負担感が大きいことに留意しなければならない。これまで福島原発による電力を利用してきた東電管内の消費者が特別負担金を負うことについては一定の合理性があるが、税金ではなく電気料金で損害賠償、除染費用、廃炉費用を回収すれば「国民負担」は極小化できるという理届は、政府部内での責任分配論理にすぎず、国民の視点に立ったものとはいえない。そのうえ、和解の指針、除染の基準、安全基準などは、政府によって定められるものがほとんどであり、それらに要する費用が東電(電気料金)に付け回しできる仕組みでは政府にモラルハザードが発生し、世論に流され不合理なまでに過剰な基準やルールを設定してしまいかねず、不要な支出を防ぐインセンティブがどこにも存在しなくなってしまう。過剰な基準は被災者の生活再建を遅らせることにもつながる。
なんでも東電に責任を押し付ければよいという姿勢は消費者負担を重くし、被災者の救済も遅らせる。早く東電の経営を立て直して、電気料金の抑制と機構(国) への返済を可能とする体力をつけさせていくことが重要である。そのためには、たとえば、損害賠償も期限を区切って決着させ、東電の賠償総額にメドがつくよう早期に債務を確定する必要がある。期限を区切れば、被災者も生活再建の見通しを立てやすくなるであろう。当然のことながら、賠償内容に不満があれば、訴訟を起こすことは可能である。
ただし、⑥に指摘したように、原賠法に基づく東電から個人ヘの金銭補償だけではコミユニティの再生につながらない。現在政府で検討している追加賠償で移住のための住宅確保が可能となる見込みだが、一方で帰還を望む被災者が生活再建の心配なく元の地域に戻れるよう、雇用の場の確保やインフラの整備など東電の賠償では不可能な事業に対して国は大規模な復興予算を措置すべきだ。
除染に関していえば、合理的・効果的に作業を進めるには、基準と優先順位を明確化して計画を立案し、その後の地域再生のための振興策も含めて総合的な対応を考えるべきだ。除染特措法ではすべて東電が負担することとなっているが、地域再生・振興策と一体である以上、国も応分の負担をすべきだ。放射線の健康影響に関する国際的・科学的な知見を十分にふまえ(知見の提供には国や東電が当然に協力すべきである)、現況を正確に把握している地元が、現場の線量水準に応じてベストだと考える対応を選択できることが望ましい。費用を官民で分担することで国のモラルハザードを避ける効果が期待でき、効率的・合理的な除染事業実施のインセンティブを働かせることができる。被災自治体と住民の主体的な関与は復興を早める効果も期待できる。
また、廃炉にかかわる事業を東電から分割して集中的に進めるべき、といった組織形態の議論があるが、その前に事故収束のための作業の優先順位を定め、作業を効率的かつ迅速に進めることが先だ。汚染水対策ばかりに人材や資金をとられているいまは、咳止めシロップで風邪の症状を和らげているようなものだ。汚染水は末端の症状にすぎず、その原因を制御しないと病気は治らない。燃料デブリ(溶けた炉芯の堆積物)など汚染の「もと」を除去するための作業が可能となるような環境整備が最優先課題である。そのためには、汚染水を環境に影響を及ぼさない程度まで希釈できたら海に流すといったことを決め、より優先される作業に経営資源を振り向ける必要がある。当事者ではこうした方針を決めることはむずかしく、国が政治的決断を行うしかない。
このように除染と損害賠償額の上限がみえ、廃炉についても国との役割分担が明確化してくれば、東電は経営の先行きが見通せるようになり、社債発行を通じた資金調達も可能になるだろう。このようにして法的整理論よりも、まずは東電の収益力で返済できるような範囲に債務を合理的に確定していこうというのが13年11月の自民党提言の考え方だ。ただ、それには柏崎刈羽の原発再稼働が前提条件になる。原発1基は経常利益1,500億円に相当し、1基動かなければ利益ゼロ、2基動かなければ経常赤字というのが東電の収益構造だ。
④ に指摘した他原子力事業者が今後事故を起こした場合についていえば、会計検査院の試算では、東電でさえ5兆円の賠償金を回収するのに最長31年かかる。より収益力の小さい事業者であれば、半永久的に資金援助に要した金額を回収できないことになりかねない。また、東電は賠償支払いに1万人の社員を動員しているが、より小規模な事業者がそのような人員を投入するのは不可能である。こうした点なども考慮に入れて、原子力損害賠償制度の改革を進めていく必要がある。わが国の原子力事業や損害賠償制度の経緯、諸外国の法制・条約の構造や現在の機構法による対応の問題点、改正への視座などについて、21世紀政策研究所から『新たな原子力損害賠償制度の構築に向けて』を発表しているのでぜひご覧いただきたい。