私的京都議定書始末記(その19)
-COP14(ポズナン)-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
AWG-KPの場では、EU及び途上国がこの数字を強くプッシュしてきた。途上国は次期約束期間における先進国の削減幅をできるだけ大きくしたいとの動機があったし、EUは既に「2020年までに90年比20%減、他の先進国が同等の努力をし、途上国が適切な貢献を行うのであれば30%減」という目標値を提示していた。EUにとって有利な90年比という基準年と、東欧諸国の加盟によるEU27ヶ国への拡大を考慮すれば、20-30%という数字はEUにとって決して難しいものではなかった。この25-40%という数字はAWG-LCAでもEU、途上国が主張したが、米国の強い反対によって文書には盛り込まれないできた。しかし米国のいないAWG-KPでは既に2007年8月のウィーン会合において「IPCC第4次評価報告書が『最も低い濃度水準を達成するためには附属書Ⅰ国全体として2020年までに1990年比25-40%削減が必要』と指摘していることを認識する」という文言が盛り込まれてしまっていた。「IPCC報告書にそうした指摘があることは事実であり、そのことは認識できるはずだ」というロジックである。「IPCCの指摘を踏まえた合意」ではなく、「IPCCの指摘の認識」という、ぎりぎりの表現で留まってきたわけだが、その後も、途上国はことあるごとにこの表現をもう一歩前に進めようとしてきた。COP14で先進国全体の削減幅を決めるべきという議論もその流れの上にある。EUは先進国全体の数字を固めることに必ずしも後ろ向きではなかったが、日本を含むアンブレラグループはAWG-LCAとの整合性のとれた議論が必要と強く主張し、結局、結論文書ではこれまでと同じ表現でとどめることになったが、今後も同様の議論が繰り返されることは目に見えていた。
今回のAWG-KPでもう一つ重要なイシューは先進国間の目標の差別化であった。日本が主張してきたセクター別アプローチは、削減ポテンシャル、技術的な可能性、コストを踏まえた実現可能な目標設定を意図するものであり、これらの要素が国毎に異なる以上、目標も差異化されることになる。この考え方は結論文書の中に盛り込まれ、個々の附属書Ⅰ国の削減目標の考慮要素の中に削減ポテンシャルが入り(下線部①)、各国の目標値が異なる可能性があることが示唆された(下線部②)
The AWG-KP noted that the contribution of Annex I Parties, individually or jointly consistent with Article 4 of the Kyoto Protocol, to the scale of emission reductions to be achieved by Annex I Parties in aggregate should be informed by consideration of, inter alia, ①the analysis of the mitigation potential, effectiveness, efficiency, costs and benefits of current and future policies, measures and technologies at the disposal of Annex I Parties, appropriate in different national circumstances. The AWG-KP recognized that consideration of this consideration should be made in a transparent and coherent manner and ②may lead to a spread of values for QELROs among individual Annex I Parties.
しかし2009年にかけて重い宿題も負うことになった。中期目標の設定である。それまで日本は2050年までに温室効果ガス排出量を地球全体で半減することを提唱し、その中で日本は80%削減するという長期目標を提示してきたが、中期目標は提示してこなかった。しかし、AWG-KPの結論文書の中で2009年のCOP15(京都議定書締約国会合としてはCMP5)において作業を終了すべく、未だ中期目標を提示していない附属書Ⅰ国に対して2009年3-4月に開催予定の第7回会合までに目標提出を慫慂されることになった。わずか3ヶ月の間に中期目標を設定することは極めて困難であることから、「それができる場合は」という語感を含むin a position to do so を挿入させたが、いずれにせよ、中期目標の検討を開始せねばならないことは明らかだった。
It (AWG-KP) invited other Annex I Parties, in a position to do so, to submit information on their possible QELROs before the seventh session of the AWG-KP with a view to completing its work by the fifth session of the CMP.
私にとって初陣となるAWG-KPはこのようにして終了した。しかし、多くのイシューで対立点があり、2009年にAWG-LCAの交渉が本格化するのと同時にAWG-KPの交渉も熾烈なものになることは確実である。AWG-LCAの場合は先進国側も途上国に対して攻める材料がある。しかしAWG-KPは先進国の目標値に特化した議論であり、そもそも土俵が非常に狭い。「褌を締めてかからねばならない」と思った。
COP14で忘れられないエピソードが一つある。今次会合で、途上国は適応基金の原資をCDMからJIや排出量取引に拡大することを求めていた。資金支援全体にかかわる問題でもあり、先進国は結論先取りに反対し、合意が得られなかった。そうした中で、ノヴィツキ・ポーランド環境大臣(議長)は、適応基金の運営規則等、COP14で合意できた事項をとりまとめ、「ポズナン・パッケージ」として提示した。これに対して中国の首席交渉官が「クリスマスが近いということもあり、昨晩、クリスマスプレゼントをもらう夢を見た。今日、もらったプレゼントを開けてみたらゴミばかりだった」と言い放ったのだ。そもそもストックテーキングCOPなので大きな成果は期待できない。その中で議長国として成果をPRするのは大変なことだったろう。それを「ゴミばかり」とは余りの発言だった。温厚なノヴィツキ大臣の顔が曇り、その場の空気が凍りついた。他国にたしなめられたのか、翌日、中国は発言を詫びることとなった。各国の利害が対立する交渉の場であり、雰囲気がギスギスしたものになるのはやむを得ない。しかしどんな場合であっても、発言にマナーと品位が必要ということを痛感した瞬間であった。