PM2.5連載企画 スペシャルインタビュー
公益社団法人大気環境学会会長/愛媛大学名誉教授・愛媛大学農学部生物資源学科大気環境科学教授 若松 伸司氏

「PM2.5問題の今」を聞く


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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PM2.5問題がなぜこれほど問題になっているのか。発生源は何なのか、また日本の大気環境はどうなるのか、率直な疑問を大気環境学会会長の愛媛大学農学部・若松伸司教授に伺いました。

PM/PM2.5とは何なのか?

――まずPM、PM2.5とはどういうもので、なぜこれほど問題になっているのでしょうか?

若松伸司(わかまつ・しんじ)氏プロフィール
1970年神奈川県公害センター(現:神奈川県環境科学センター)。1976年北海道大学工学部。1979年国立公害研究所(現:独立行政法人国立環境研究所)。2001年~2006年PM2.5/DEP研究プロジェクトリーダー。2006年愛媛大学農学部生物資源学科大気環境科学教授。2011年愛媛大学名誉教授・愛媛大学農学部生物資源学科大気環境科学教授。SATREPS(JST/JICA)メキシコ共同研究プロジェクトリーダー。2012年大気環境学会会長。

若松 伸司氏(以下敬称略):人の健康に影響のある物質だからです。大きい粒子は鼻毛や気管支の上部で捕捉されますが、2.5μm以下の小さな粒子になると肺の中まで入って、いわゆる心臓系の病気や気管支系の病気などに悪影響を与えることが疫学調査でわかっています。1990年代の米国ハーバード大学の研究グループの疫学調査研究から、PM2.5の濃度に比例して死亡率が増えるという衝撃的な結果が出ました。アメリカはこうした知見をもとに、PM2.5の環境基準を1997年に決めた経緯があります。日本でも2009年9月にPM2.5の環境基準が新設されました。

 車や工場から出る一次汚染物質が滞留してPM2.5濃度が高くなるというのが、これまで良く知られていた現象でした。日本ではディーゼル車の規制が進み、車からの発生源が減り、工場から出る汚染物質も減ったため、冬の時期の汚染は非常に下がっていました。しかし今年1月、北京でのPM2.5高濃度のニュースにみな大変驚き、日本への影響が心配されているわけです。実のところPM2.5はいろいろな成分の集合体で、その実態についてはわからないことが多いのです。

PM2.5の発生源は?

――これまで様々な対策が行われてきた1次粒子(※粒子:エアロゾル)としての発生に加えて、2次粒子としての発生が最近クローズアップされています。そういった発生源の影響の度合いについてどうお考えでしょうか?

若松: PM2.5は冬だけではなく、夏でも春でも発生します。主に発生する要因には3つあり、発生源や気象条件、環境中の化学反応の程度によって、様々なかたちでPM2.5は発生してきます。(図1参照)

図1:若松伸司教授 作成

 大きく分けて「冬のPM2.5」、「春のPM2.5」、「夏のPM2.5」 があります。冬の時期は中国で問題になったように、非常に気温が低くて風が弱い、また空気の動きがあまり活発でない時に発生します。春に黄砂が来てもPM2.5の濃度は上がります。

 東京でも今年は梅雨明けが早く、7月の中頃からずいぶん暑い日が続きましたが、オキシダント(※オゾンなどの酸化性物質)により光化学大気汚染が発生する時にも粒子が発生し、それがPM2.5になります。いろんな季節にいろんな形でPM2.5が発生しますが、そのメカニズムはまだよくわかっていないのが実態です。

――発生源がたくさんありますね。

若松:1次粒子は発生源から直接出る粒子のことですが、発生した当時は例えばNO2(二酸化窒素)やSO2(二酸化硫黄)など目に見えないガス状物質が、環境中で粒子に変わっていきます。一次的にSO2だったものが、二次的にサルフェートになり、これが2次粒子と言われる物質です。

 ガスが粒子に変わっていくのは、たとえば揮発性の有機化合物は有機エアロゾルになり、NO2やSO2は無機の粒子サルフェートやナイトレートなどの物質に変わっていきます。日本のPM2.5を調べると、このサルフェートの割合が非常に多い。また中国大陸から発生したSO2が日本に来る途中で粒子になり、それがPM2.5になる割合も相当あると思われます。(参照:図2)

図2:若松伸司教授 作成

北京の大気環境の状況は?

北京では今年1月10日から14日に大気汚染指数の最も悪いレベルである「重汚染」が数日連続した。特に12日夜には900μg/㎥という記録的な値となった。

――1月の北京の様子を伝えるニュース映像は衝撃的でした。

若松:濃度が上がった際には周辺はほとんど何も見えなかったと思います。濃度は500μg/㎥くらいでした。これくらいになると健康影響もありますが、例えば車の運転や外を自由に歩くこともできないでしょう。この冬アメリカ大使館では継続的に中国国内にある4か所の大使館/領事館で濃度を観測していますが、北京の濃度は一番高い時で1時間値が900μg/㎥。北京の日平均値も500~600μg/㎥以上で、非常に高いです。北から南に測定点を下げてプロットしていますが、北京など北の地域の濃度が圧倒的に高い数値です。

 北京市でのPM2.5発生源として考えられるのは、自動車、発電所やボイラー、粉じん、塗装などのVOC(揮発性有機化合物)、周辺地域からの越境汚染などがあります。特に深夜に濃度が上がり、午前0時頃にピークになっています。非常に気温が低くて零下10度くらい、かつ相対的に湿度が高い条件下で高濃度になりますが、その実態はまだ解明できていません。

図3:アメリカ大使館資料より 神田勲氏 作成

大陸からの越境移流は?

――中国からの移流はやはり気になります。日本は地域的に大陸に面している日本海側や山あいのところが影響を受けやすいのでしょうか?

若松:冬の時期の北京の高濃度が注目されていますが、日本海側でも影響はさまざまです。一つの例ですが、愛媛県でPM2.5の値を何か所かで測っています。(参照:図4)瀬戸内海と松山平野は、非常に近い場所です。もし中国の影響があるとすれば、同じように濃度が変化していいはずです。ところがよく調べますと、瀬戸内海のほうが濃度は高い。おそらくその原因は2つあり、ひとつは瀬戸内海沿岸地域の方がPM2.5の発生源が松山平野地域よりも多いことと、もうひとつは地形や気象条件の違いです。

 松山平野はどちらかといえば風の通りのいい場所に当たりますが、瀬戸内海は燧灘(ひうちなだ)という山で囲まれた海域があり、この中で空気が滞留循環することが知られています。中国から来る大気汚染物質が西日本から瀬戸内海を通る過程で、上空から瀬戸内海地域に取り込まれると、海陸風等の循環流の中に巻き込まれてしまいなかなか空気が外に逃げて行かない状態が発生すると考えられます。

図4:岡﨑友紀代氏 作成

若松:日本も広いので西から東にずっと流れていくとだんだん拡散したり、地面に沈着したりして汚染物質の濃度は減るので西の方が高いのですが、こういったローカルな場所一つ見てもその影響は一律ではなくで、地域の特徴でかなり違うということが言えます。さらに日本国内の影響やこの地域の気象条件も影響するので、おしなべて一律に影響しているというわけではありません。

 北京と愛媛県で測ったPM2.5の値でレベルはだいたい北京での濃度の10分の1くらいです。ですから、影響があると言っても中国から運ばれてくるものは、かなり薄まって日本に来ていると考えていただいて良いと思います。北京で濃度が上がった後に日本でも上がっているように見えますが、あまり明確な相関関係はありません。マスコミが大騒ぎしていますが、それほど日本にとっての影響は大きくないと言えると思います。

日本の大気環境の状況は?

――日本のPM/PM2.5の大気環境はどのような状況でしょうか?

若松:もともと昔から大気中に含まれている粒子が健康影響によくないことはよくわかっていて、10μm以下の粒子に関しては環境基準があり測定されています。今回の中国のPM2.5高濃度問題から、最近では自治体が測定器を増やしていますが、SPM(※浮遊粒子状物質・10μm以下のもの)に比べるとPM2.5のデータはまだ十分得られていません。しかし1月以降、日本での濃度はだんだん下がってきています。

――PM2.5濃度の地域性はどうでしょうか?

若松:季節によりますが、今回の北京の高濃度や黄砂の影響に関しては、東日本よりも西日本の方が特に冬と春は濃度が高いというのは言えると思います。ただ東京や大阪も大気汚染の濃度が高くなる時はPM2.5の濃度も上がりますので、中国からの影響があるときは西日本の方が高いですが、それ以外の時は大都市地域の方がPM2.5濃度は高くなることが多いです。

――都市部の方が国内の発生源による影響を受けるのでしょうか?

若松:光化学スモッグが高くなる時はPM2.5濃度も高くなります。春と冬と夏とでは発生源が違うので、対象となる物質が違ってきます。春の時期の黄砂、また春や夏の光化学大気汚染についてはかなり研究されており、その原因となるガス状物質、たとえばNO2やSO2などのガス状大気汚染物質が光化学反応により環境中で粒子に変わるためPM2.5濃度が高くなることが分かっています。

PM2.5対策は総合的に行う必要がある

――PM2.5問題は複雑にさまざまな要因が絡み合っていますが、どのような対策が必要でしょうか?

若松:特に一次汚染物質のように発生源がはっきりわかっているものは対策が比較的取りやすいのですが、二次汚染物質はいろいろな物質が絡んでくるので、対策を総合的に行う必要があります。
 一次汚染物質としてVOC(揮発性有機化合物)の例をあげると、よく知られているものにシンナーなどの溶剤があります。このなかで一番危険性の高いのはベンゼンで、以前はガソリンにも結構含まれていましたが、最近は対策が進み減ってきています。
 一方、二次汚染物質としてVOCは人間活動と同じくらい植物からも出ています。森に入ると森がちょっと霞んでいる感じがすることがありますが、あれはVOCが粒子になったものです。VOCがあると、燃焼過程で出てくるNO はオゾンを消費せずにNO2になることが出来ます。NO2に紫外線が作用してオゾンが発生しますので、オゾンができる循環が生まれます。オゾンが増えるとPM2.5が発生しやすくなるので、有機エアロゾルの原因であるVOCを下げなければなりません。

――身近なものにもPM2.5発生の原因となるものがあるのですね。

若松:VOCは、いろんなものに含まれていますので対策は非常に難しいですね。

――都市化の中で代替物質を開発しなければ、根本的な解決は難しいのでしょうか?

若松:そうですね。VOCには色々な成分が含まれていますが、それぞれの物質の有害性、反応性、存在量が重要になります。2つ側面があり、ひとつはそれ自身で有害なもの。例えばベンゼンとかアルデヒドなど発がん性の高い物質が、これに相当します。もうひとつはオゾンを作る役割りが高いものです。VOCは有害性と反応性の両方を考慮して対策していく必要があります。

 環境中のVOC濃度はこの10年くらいで4割くらい下がっています。VOC濃度は下がり、NOX( NOX(窒素酸化物)=NO+NO2)濃度も下がっているのですが、オゾンだけは下がっていません。これが不思議な話でして、オゾンの原因物質はNOXとVOCであるのは明らかですが、組み合わせによっては原因物質を減らすと却ってオゾン濃度が増えてしまうことがあり、これを非線形性と言っています。

 1940年代に光化学オゾンが問題になってから、世界各国で継続してオゾン対策が取られていますが、なかなか下がっていません。濃度があるレベルからなかなかそれ以下にならないという性質があるので、今後の大きな問題としては、このオゾンの問題があります。

PM2.5対策の取り組みは、国際協力が難しい側面も

――PM2.5削減に向けて、どうしたら良いのでしょうか?

若松:PM2.5を下げるためには汚染物質を下げていかなければなりませんが、この原因物質をどれくらい減らせばPM2.5がどれくらい減るかは、発生源と気象条件を全部含めたシミュレーションモデルがどうしても必要です。一番効率のいい対策の仕方を探っていくのがこれからの課題です。

 空気は国境がありませんので、いくら日本だけで検討しても、日本の外から入ってくる空気がどう変わるかといった情報がないと全体の対策ができません。やはり中国も含めたアジア地域全体を含むような枠組みの中での対策シナリオを考えることが、非常に大事になると思います。国際協力のもと、気象を正しく予測し、反応の部分をシミュレーションし、発生源をどう抑えるか、どこからどういったものが出ているかをきちんと調査して、それをモデルに入力するのが一番難しいところでしょう。

――正しいデータを集めるのは大変そうですね。

若松:二つ方法があり、一つは実際そこに行って測ること。あとはそれぞれの生産活動からどれくらい出るかを予測して積み上げていくことです。その他にも人工衛星を利用したリモートセンシング等の方法もあります。様々な方法を駆使し、発生源がどのくらい実際あるのかを系統的に調査していくことが重要です。

――具体的に動き出しているのでしょうか?

若松:環境省が中心となって動き出してはいますが、一番難しいのが国際協力の部分です。中国などの協力がないと、日本にどういった空気が入って来るかという情報が今のところ限られているので、そこをどう把握するかが一番難しいですね。

 今回のこのPM2.5にしても、たまたまアメリカ大使館が測ったデータが我々も手に入ったのですが、中国側からは、なかなか多くのデータは出てきません。アメリカ大使館は自分の大使館の中に測定器を持っていて、中国にいるアメリカ人の健康管理をするという目的もあり測っているのだと思います。

 日本の場合は、大気汚染測定局の「そらまめ君」というシステムがあって、全国2000か所近くで測定点があり、今日の濃度がどれくらいかというデータをオープンにしていますが、中国での測定結果は全くオープンになってないので、良くわからないというのが実態です。

――中国から情報公開がされていないわけですね。

若松:PM2.5対策の取り組みが中国にメリットがあることを理解してもらい、政府間で協力し合って進めていくべきです。私たちも中国や韓国と共同研究をやっていますので、北京に行って共同で調査を行う予定です。まずは事実を明らかにして世論を動かしていくというのは研究者の一つの役割ですので、進めて行こうと思います。

 ただ中国、韓国、日本の間では環境問題以外にも国家間で難しい問題を抱えていますので、どれくらい政府レベルとして環境に関する共同作業ができるかは、私自身は当事者ではないのでわかりません。やはり外務省を中心として、アジア地域を一つの大気圏としてお互いに各国が共同し合ってやっていくとうことを、ぜひ日本から提案してほしいと思います。

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