2013年6月 ボン国連作業部会見聞録
「ドーハの悲劇?」復讐劇~COPプロセスの「終わりの始まり」
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)
こうした混乱の中、約20分の休止の後、議事が再開されたのだが、冒頭にロシアが発言を求めて、通常こうした場で認められている発言時間3分を大幅に超えて、約30分にわたり以下の主旨の演説をパソコン画面を見ながら行った。曰く、「意思決定のルールの明確化を行っておくことは必要。さもないと2015年に予定されている20年以降の新枠組み合意についての採択にも支障をきたすことになるだろう。そもそも京都議定書の条約としての成立は、最後にロシアが批准したことで実現したことを思い起こしてもらいたい。われわれは意思決定の手続きルールについてCOP決定を作成するように求める。「必要性の原則」に基づいて議長が決議を強行することはいかなる場合でも許されない。コンセンサスなくして議題を採決することは手続きルールの侵害になる。」
ここで議長は、「議題についてコンセンサスを得ることができないので、SBIの作業開始はできない。この会議はparty driven(締約国主導)の会議体であり、議長が独断で何かを進めることはできない。何かを決めるのはあくまで締約国の意思による。」との主旨の発言をし、フィゲレスUNFCCC事務局長に発言を求めた。
フィゲレス事務局長は「COP18(ドーハ)の最後におきたことは不幸なことだったが、仕方が無かった」と弁明した上で、今回は議題採択無く作業を始めることはできないが、次回の会合でこの事態が打開されることを期待する、との旨の発言をし、閉会となった。
分析と所感
SBIにおけるロシアの頑な態度は、「確信犯」的なものであり、プレナリー最後におこなった大演説はパソコンを見ながらのものであったので、おそらく本国から周到に準備してきたものと思われる。そもそもCOP/SBIでの意思決定ルールについては1996年COP2で提案されたルール案(3分の2の多数決で決議する案Aとあくまでコンセンサスで決める案Bがオプションとして併記されている:下添付Rule42参照)が、毎回のCOPで提案されるものの、締約国間の合意がえられないまま今日に至っている。結局、「コンセンサスで決める」としたUNFCCC本文にかかれた原則以外の議決ルールがないまま長年交渉が進められてきたという実態がある。
結局COP/SBI交渉は正式な議決ルールに合意できないまま、「コンセンサスで意思決定する」という条約本文の精神を前提とした慣例に基づき、決議する歴史を積み重ねてきており、コンセンサスが得られず決議ができなかったコペンハーゲンCOP15、ボリビアの反対やロシアの反対を土壇場で強硬に押し切って議長が「コンセンサス(?)」で議決したCOP16、COP18など、COPは厳密な意味で意思決定機関として機能しなくなってきているのが実態だったといえる。
こうした背景の中で、10億トンものホットエアのキャリーオーバーの無効化を(明確な反対にもかかわらず)ドーハで議決されたロシアが、とうとうキレて、ルールの明確化(と昨年の決議の無効化?)を求める行動に出たのが、今回のボン準備会合だったわけである。
これは190カ国にのぼる締約国の間で、コンセンサスで物事を決めるという、そもそも無理筋であったUNFCCCの「パンドラの箱」を、ロシアがとうとう平場で開けてしまったという意味で、本国連交渉プロセスの「終わりの始まり」になるのかもしれない。
2015年の合意を目指す、2020年以降の「全ての主要国が参画する」新包括枠組みの交渉の本質は、これもUNFCCCの根幹原理となっているCBDR(共通だが差異ある責任原則~先進国と途上国の扱いや義務に差を設ける原理)の克服にあるが、CBDRを残すか消すか(超越するか?)、いずれのオプションも190カ国のコンセンサスを得ることは困難を極めるだろう。
それどころか、締約国の脱退規定はあるものの、キックアウト(特定国の追い出し)規定のないUNFCCCにおいて、ロシアほか3国が締約国として現状のポジションをとり続ける限り、予算の審議を含む運営実務上の重要案件審議を行うSBIにおいて審議に入ることができず、半永久的に審議をブロックすることが可能なのである。(仮にSBIで妥協しても、ロシアにはCOPの場で再びアジェンダ提案をして、意思決定ルールの明確化を求めるという戦術も取りうることも念頭に置く必要があろう。)同じ手法は、どの締約国も利用できることから、納得のいかない交渉については、次回の会議の冒頭で審議をブロックできるという前例を示したものともいえる。
シリア問題を巡り、国連の安全保障理事会の場では、常任理事国であるロシアがシリア制裁について拒否権行使の姿勢を続けるため、デッドロックに乗り上げているが、この常任理事国ロシアの「拒否権」を無視して強行採決したのがドーハの決議であった。そのロシアが温暖化交渉の場で「拒否権」を求めて声を上げたことの外交交渉上の意味は小さくないだろう。もともと190以上の締約国の間で、巨額の資金、南北問題、経済成長問題、化石燃料使用量などの複雑に絡み合う利害を調整して合意をしなければならないCOP交渉に、全ての国が拒否権を持つ厳密なコンセンサスルールを明確化したら、おそらく交渉は難渋を極め、実体のある枠組みに合意するのは極めて困難となるだろう。
COP18での「ドーハの悲劇」は、ロシアによって「190カ国のコンセンサスが必要」というCOPの「パンドラの箱を開ける」事態を招き、国連気候変動枠組み交渉の「終わりの始まり」となるかもしれない~これが筆者がボンで抱いた所感である。