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私的京都議定書始末記(その8)

-エネルギー面からの取り組み-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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 2002年6月に国際エネルギー機関(IEA)に出向し、温暖化交渉とは縁が切れたが、温暖化問題との付き合いは続いた。私がIEAで担当した国別エネルギー政策審査の中では、各国が京都議定書の目標達成に向けてどのような施策を講じているかが大きな比重を占めていた。

 欧州諸国の温暖化対策には、いくつかの特色がみられた。①再生可能エネルギーに対する過剰補助の傾向があること、②費用対効果の高い省エネについては十分な対策が講じられていないこと、③種々の政策が重畳し、相互の整合性が必ずしもとられていないこと、その結果、温暖化ガス削減の費用対効果が悪い事例が散見されること等である。再生可能エネルギーについては固定価格買取制度を通じて膨大な補助金を出す一方、温室効果ガスを出さない原子力をフェーズアウトし、温室効果ガスを出す石炭に政治的理由で補助金を出すという、相互矛盾した政策を講じているドイツはその典型であった。温暖化交渉で「我々こそが環境先進国」と胸を張っていた欧州諸国も、個別のエネルギー環境政策を見ると色々な矛盾を抱えていることがよくわかったのはIEA出向中の大きな収穫の1つだった。

 ロシアが京都議定書をいつ批准するかという問題も、IEA出向中の大きなトピックだった。京都議定書の発効には、55ヶ国以上の批准と、批准した先進国の1990年時点の排出量が先進国全体の55%以上に達することの2つの条件が必要になる。米国が離脱した後、日本とロシアの去就に大きな関心が集まったのもそれが理由だった。日本については、2001年末のマラケシュ・アコードの合意を踏まえ、2002年6月に京都議定書の批准書を国連事務総長に寄託していた。ロシアが批准しさえすれば、京都議定書は発効する状態になったわけだが、ロシアの批准に向けての動きは鈍かった。ロシアは「京都議定書の批准は地球環境問題ではなく、経済問題である」との姿勢を明らかにし、排出量取引でホット・エアをどれだけ高く売れるのかに強い関心を示していた。ロシアにとってみれば石油、天然ガスに続き、膨大な経済資源を手にしたという思いだったのであろう。また京都議定書批准とWTO加盟交渉とをリンクさせる意向も示していた。プーチン大統領は「ロシアは寒い国なので、温暖化すれば毛皮を買う金を節約できる」というブラックジョークを言って、環境関係者を憤慨させていた。私はロシアのしたたかさに舌を巻くと共に、温暖化交渉は経済交渉であると喝破する度胸に、ある種、畏敬に近い感想も持った。プーチン大統領は2004年5月のEUロシアサミットでロシアのWTO加盟に対する支持を取り付け、2004年11月に京都議定書批准書に署名した。

 ロシアの批准によって京都議定書は2005年2月に発効した。これに伴い、2005年末にモントリオールで開催された第11回気候変動枠組み条約締約国会合(COP11)では、第1回京都議定書締約国会合(COP/MOP1)も併せて開催されることになった。そしてCOP/MOP1で最初に決定されたのが、京都議定書第2約束期間を設定するための作業部会、AWG-KPの設置であった。その背景は、京都議定書3条9項において、第1約束期間が終了する2012年末の遅くとも7年前までには第2約束期間の検討を開始することが定められていることによる。モントリオールの会議にはIEAからもマンディル事務局長やエネルギー環境問題を担当するブラッドレー課長が出席していたが、私にとっては担当外だった。もちろん、モントリオールで生まれおちたAWG-KPで、後に散々苦労することになることは知るよしもない。

 2006年6月に4年にわたるIEA勤務を終え、資源エネルギー庁国際課長に就任した。その頃、資源エネルギー庁のタバコ部屋(注:今は廃止されてしまったが、当時は2フロアに1つ喫煙室があるという「古きよき時代」であった)で本部和彦資源エネルギー庁審議官(当時)とよく一緒になった。本部審議官は私が1982年に通産省に入省し、国際資源課に配属された時の最初の直属上司であり、NEDOワシントン事務所長の際に京都議定書交渉にも動員された国際派である。彼は当時、COPの経産省代表団の事務方ヘッドを務めており、タバコを吸いながら交渉状況について話を聞いた。一言で言えば、以前にも増してひどい交渉だということだった。

 「ひどい交渉」になるには理由がある。私が交渉を担当していた2000年代初頭から、中国の温室効果ガス排出量は旺盛な経済成長に支えられ、急拡大していた。地球温暖化問題を解決するためには、米国を除く先進国だけが義務を負う京都議定書では全く不十分であり、中国を初めとする主要途上国も参加する枠組みにしなければならないことは誰の目にも明らかだった。しかし本部審議官から聞かされる交渉の状況は、途上国が一方的に資金、技術支援を要求し、京都議定書第2約束期間で一層深掘りした目標を設定せよと先進国を攻め立てるという「1997年で時計の針が止まったような」構図であった。途上国もその能力に応じて責任ある行動を求められることを見越した攻勢防御であったのだろう。それは交渉が以前にも増して難しくなることを意味していた。「ひどいもんだよ」と頭を振る本部審議官に深い同情を感じ、「それじゃあタバコの量も増えますね」と言ったものだ。

主要国の温室効果ガス排出量の推移

 当時、私は幸いなことに交渉には参加してなかったが、自分の担当するマルチのエネルギー協力の中でも気候変動問題のウェートは以前に比して確実に大きくなっていた。そうした中で望月晴文長官以下、当時の資源エネルギー庁は「気候変動問題に対するエネルギー面からの取り組み」を目指していた。国連気候変動交渉は京都議定書交渉時のような先進国間の交渉では決着せず、中国を初めとする振興途上国を含めたより複雑かつ対立的な状態になっており、国連交渉で意味のある成果が得られる保証はどこにもなかった。気候変動問題はエネルギー問題と裏表の関係にある。東アジアサミット、APEC等、アジア太平洋地域の先進国、途上国を含むマルチのエネルギー協力の場を活用し、先進国と途上国の二分法が跋扈する国連交渉の枠外で、エネルギー面から温室効果ガス削減につながる取り組みを強化しようという問題意識である。

 「エネルギー面からの取り組み」には3つのキーワードがあった。その第1は省エネである。アジアの発展途上国は程度の差こそあれ、経済成長に伴うエネルギー制約、輸入依存度拡大に直面していた。これは彼らのエネルギー安全保障、経済成長に関わる問題である。国連交渉では「温暖化問題は先進国が率先して解決すべき」というドグマが支配していたが、エネルギー安全保障、経済成長については自分の問題として何らかの対策をとらねばならないという意識が強かった。このため、輸入依存度低下、エネルギーコストの削減を通じてエネルギー安全保障、経済成長に大きく貢献する省エネに対する関心は、先進国、途上国を問わず、どこの国でも非常に高かった。省エネのもう一つのメリットは経済成長と両立可能であることだ。「温室効果ガス排出量の削減」については「経済成長への足かせ」としてネガティブな対応を示す途上国でも、経済成長と両立できる省エネについては、より前向きな姿勢で臨むことが期待できた。そして日本は第一次、第二次石油ショックを経て世界最高の省エネ実績を有し、省エネ政策の経験、省エネ技術の移転において大きな役割を果たし得る。その意味で、2007年1月にセブ島で開催された東アジアサミット首脳会合の共同宣言に「エネルギー効率改善のため、自主的に個別の目標を設定し、行動計画を策定する」という一文が盛り込まれたのは画期的であった。先進国(日本、韓国、豪州、NZ)、途上国(ASEAN諸国、中国、インド)の別なく省エネ目標を設定するというのは、国連の世界では考えられないことだったからだ。このモメンタムを是非活用しようというのが当時の我々の思いだった。

 第2はセクター別アプローチである。エネルギー効率を評価する上でよく使われる指標は一次エネルギー総供給をGDPで割った「エネルギー原単位」である。しかし一次エネルギー総供給は、産業部門、発電部門、交通部門、家庭部門等、色々なセクターのエネルギー消費の集積であり、マクロの指標であるエネルギー原単位は、国全体のエネルギー効率を鳥瞰図的に見る指標としては有効であっても、どの部門、どのセクターに省エネポテンシャルがあるかを見極めることはできない。むしろ鉄鋼、セメント、化学等のエネルギー多消費部門、電力等のCO2排出の大きな部門において、部門別の原単位を国際比較し、最新の技術を導入することでどの程度の省エネ、CO2削減ポテンシャルがあるかを検討することが現実的な対策を講ずる上で有効である。セクター別アプローチのメリットは途上国の実情にも対応できることだ。国民の生活レベルを引き上げていくのは途上国の正当なミッションであり、これに伴い、エネルギー消費、CO2排出量が引き続き拡大することは不可避である。しかしエネルギー消費の相当部分を占めるエネルギー多消費部門に着目し、進んだ省エネ技術を導入すれば、エネルギー消費の伸びを抑えることが可能になり、途上国の経済効率向上にもつながる。また、国際的にも種々のイニシアティブが進行中であった。鉄鋼やセメントでは先進国、途上国の企業が参加する国際産業団体で、BAT(Best Available Technology)のリストや、省エネ指標の検討が進められていた。またIEAも日本の提案を踏まえ、「エネルギー指標プロジェクト」で非加盟国を含む主要国からセクター別のデータを集めつつあった。更に米国主導で2005年に「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ゚(APP)」が立ち上がり、米国、日本、豪州、NZ、中国、インド(後にカナダも参加)の参加の下、鉄鋼、アルミ、セメント、クリーンな化石燃料等、セクター毎の官民協力を進めつつあった。国連交渉では見られない民間企業の参加が得られるのもセクター別アプローチのメリットの一つである。省エネ目標設定と組み合わせ、セクター別の目標設定も含められれば、大きな意味がある。

 第3は革新的エネルギー技術開発である。国連交渉の世界では「既存技術の移転を促進するためには知的財産権の強制許諾が必要だ」といった不毛な議論が延々と続けられていた。気候変動問題は長期の問題であり、現在の技術の延長線上では、日本を含む先進国が提唱する先進国80%減や全地球半減を達成することは不可能だ。そのためには革新的なエネルギー技術開発とそのためのロードマップ作り、国際協力が必要になる。革新的技術開発は技術を重視する米国と共同歩調をとれる分野でもあった。

 省エネ、セクター別アプローチ、革新的技術開発は、いずれもエネルギー政策面のアジェンダであると同時に、温室効果ガス削減にも大きく貢献する。マルチのエネルギー協力を担当していた私は、いわばエネルギー戦線での「別働隊」として温暖化戦線を支援する役回りとなった。かくて、2007年から2008年にかけて、東アジアサミット、APEC、IEA、サミットプロセス等において、3つのキーワードを成果文書に盛り込むべく、何度となく各種の国際会議に出撃をすることとなったのである。

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