ドイツの電力事情⑨ ―供給力維持の「お値段」―


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 以前、自由化を導入したドイツ、イタリア等欧州諸国における供給力確保に向けた苦闘をご紹介したが、そのコストが現実のものとして見えてきた。4月18日にReutersが報じたところによると、ドイツの連邦ネットワーク規制庁と送電事業者TenneTは、発電事業者E.ONが所有する天然ガス火力Irsching4号機、5号機の運用継続について交渉を行なっているという。同発電所はドイツ南部の重工業地帯であるバイエルン州(州都ミュンヘン)に位置し、それぞれ運開年は2011年と2010年と非常に新しく、世界最高レベルの効率を誇る。しかし採算性の悪化により、事業者であるE.ONは閉鎖の方針を打ち出したが、連邦ネットワーク規制庁と送電事業者は、電源が不足して安定供給に支障をきたすおそれがあるとして閉鎖に「待った」をかけた。現在、発電所の運用継続に対する補償費用の支払いについて交渉が進められているとのことだ。
 そもそもなぜ再生可能エネルギーの導入が順調に進むドイツが電源不足に悩んでいるのか、なぜまだ運開から3年程度しかたっていないIrsching4号機、5号機が閉鎖を余儀なくされるほど採算性が悪化しているのか。その理由としてReutersは、脱原発政策と再生可能エネルギーの大量導入を上げている。
 福島原子力事故を受けて、2011年6月ドイツ政府は国内8基(事故前から変圧器火災等のトラブルにより停止していた1基+1980年末までに運開した7基)の原子力発電所の閉鎖を決定、残る9基も2022年までに段階的に廃止することとした。震災前(2010年)の電源構成を見ると、約22%の電気を原子力発電によってまかなっていたが注1)、停止した8基は出力ベースでその約4割にもなる(表1参照)。特に、この8基のうち5基がドイツ南部に位置していたため、同地域で電源不足が懸念される事態となった。

表1

一般財団法人高度情報科学技術研究機構ホームページ及び国立国会図書館「外国の立法2011年5月」をもとに作成
クリュンメル発電所は、トラブルのため2007年より停止していた。
なお、ドイツにおいては以前より脱原子力の動きが活発であり、2002年の原子力法改正によって2022年までに原子力発電を廃止することが決定されていた。しかしエネルギー供給がおぼつかなくなるとして、その期限を暫定的に延長する措置(2010年改正)をしたものを、福島第一原子力発電所の事故を受けて撤回したものであり、いわば旧に復する措置であったとも言える。

 残る安定的な電源として期待されるのは火力発電である。しかしそのうち、ガス火力については、①ガス価格の値上がりと石炭価格の値下がり、加えてCO2排出権価格の低迷によって、ガス火力発電の経済性が石炭火力発電に比して不利になった、②Reutersも指摘している通り、再生可能エネルギーの大量導入によって卸電力市場価格が低下した、という2点により、採算性が悪化しているのだ。
 再生可能エネルギーの電気は優先的に系統運用者に買い取られる仕組みであるため、太陽光や風力が順調に稼働すれば、需要の多い平日日中などのピーク時間帯における供給力として活躍していたガス火力発電所は、卸市場から締め出される格好になる。しかしながら逆に、太陽光や特に風力発電など不安定な電源が導入されると、その周波数変動に即応する出力制御が可能な電源が必要となるのだ。再エネによる発電量が増大するなかで、電力需要が落ち込む夜間や休日などは供給力が過剰となり、火力発電設備の最低限の運転を維持するためには(停止してしまうと風力等の周波数変動に即応することはできない)市場にマイナス価格で応札せざるを得ないという事態もドイツでは度々発生している。普段は冷たくあしらわれる一方、姫の危機にいつでも駆けつけられる白馬の王子様よろしく、常にスタンバイしておくことを求められるガス火力発電は辛い。自由化された市場において事業者がガス火力を閉鎖/休止するという判断をするのも当然であろう。

注1)海外電力調査会ホームページ 「主要国の発電電力量の電源構成2010年」
   http://www.jepic.or.jp/data/gl_date/gl_date03.html

 これらの理由によりドイツでは供給力不足が深刻化。そのため2012年末にはエネルギー事業法第3次改定法を制定注2)(2012年12月28日施行)し、供給力の維持を図ることとした。主要改正点は、以下の3点である。

10MW以上の発電所の事業者は、稼働を停止するときには、12ヶ月以上前のできるだけ早い時期に送電系統運用者及び連邦ネットワーク庁に届け出ることを義務付け。送電系統運用者は、その申し出により、電力供給システムが大きな影響を受けるか否かを審査する。
出力 50MW 以上の発電所については、①の審査で影響が大きいと認められる場合には、送電系統運用者は、連邦ネットワーク庁にこれを証明しなければならない。連邦ネットワーク庁がその証明を承認する場合には、当該発電所の稼働停止は禁じられる。
発電所の稼働停止を禁じられた事業者は、発電所を少なくとも待機状態に維持しなければならないが、送電系統運用者に対して、適切な範囲で補償を請求する権利を有する。

 この「適切な範囲での補償」がいったいいくらなのか、詳細は省令に任されていたが、この運用が非常に困難であることは容易に想像がつく。アルトマイヤー環境大臣も、補償の水準が低ければ発電事業者が政府を提訴することも考えられ、高ければ閉鎖を届け出て予備力としての運用で補償費を得たほうが得策と考える事業者が出る恐れを指摘している。18日付Reutersが報じるところによれば、Irsching5号機(84.6万kW)についてE.ONは年間に1億ユーロ(約130億円)の支払いを求めているといい(4号機については報道なし)、この交渉が妥結すれば、Irsching4号機、5号機は予備力としての運用、すなわち、常時発電できる体制を維持し、電力系統の安定性に支障が生ずる可能性がある場合のみ発電することとなる。
 この予備力調達の補償費用は最終的に消費者が負担せざるを得ず、再生可能エネルギー導入促進に関わる費用の増大による電力料金の高騰に直面するドイツ国民に、また一つ負担の種が加わることとなる。
 振り返って我が国の状況を見るに、現在50基ある原子力発電で動いているのはたった2基、発電の9割を火力に頼っている。ドイツでは17基のうちの9基がまだ稼働していることを考えれば、安定的電源の不足という点では我が国のほうが圧倒的に深刻である。そして、昨年7月の全量固定価格買取制度を導入し、これを契機に、再生可能エネルギーの導入が加速している。その中で先月12日に政府は電力システム改革の推進を柱とする電気事業法の一部を改正する法律案を閣議決定した。再生可能エネルギーの導入が拡大するにしたがって、調整電源としての重要性が高まる火力電源はしかし、自由化された市場においては誰も持ちたがらない「いざというときの設備」、すなわち普段の稼働率は低い設備ともいえる。これをどうやって維持するのか、あるいはそのコスト負担をどうするのか。隣国と送電線の連系がない日本においてはより慎重に制度設計を進めなければならない。悪魔は制度の細部に宿るものだ。

 なお、天然ガスや風力・太陽光といったエネルギー資源に恵まれる米国テキサス州で実は電力不足に陥りつつある構造について、当サイトでも以前紹介させていただいた「風力とシェールガスが電力危機の引き金を引くテキサスのアイロニー」(神戸大学非常勤講師西村陽氏)をぜひ参照いただきたい。

 *この原稿執筆後の4月26日、交渉の妥結が報じられた。同発電所の運営を送電事業者TenneTが引き継ぎ、3年間の運営が確保されたことのことであるが、契約の金額等は明らかにされておらず、「the owners of Irsching would receive a double-digit million euro amount per block per year.」とのみ報じられている。
http://au.news.yahoo.com/world/a/-/world/16898198/e-on-says-reaches-deal-to-keep-irsching-plant-open/

注2) 国立国会図書館 外国の立法(2011年12月)
   http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02500006.pdf

<参考資料>
・Reuters 2013.04.18
 http://www.reuters.com/article/2013/04/18/germany-eon-regulator-idUSL5N0D52F320130418
・Reuters 2013.04.26
 http://www.reuters.com/article/2013/04/26/eon-irsching-idUSL6N0DD1MB20130426
・一般財団法人高度情報科学技術研究機構ホームページ 
 http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/14/14050303/01.gif
・国立国会図書館 外国の立法2011年5月  
 http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02470209.pdf
・電気新聞 2013.04.11「海外潮流」
・日経ビジネスオンライン
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110516/219996/?P=2

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