日本の沿岸海底に大容量高圧直流送電線を
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
日本の電力供給網の周波数が東西でそれぞれ50ヘルツ、60ヘルツと異なり、系統網がいわば分断されているのは、歴史的に生まれた宿痾のようなものだ。その二つの周波数領域を現在120万キロワットの周波数変換設備(交・直・交変換)によって相互融通ができるようにはなっている。しかし、この融通規模は、東西の発電設備規模からみると極めて小さい。これまで供給の安定性については各電力会社がそれぞれに責任を負ってきたため、この容量の小ささは大きな支障ではなかったのだ。しかし、3/11以降日本の電力需給の逼迫が長期化するなかで、この融通規模を増強する必要性が強く認識されるようになった。そしてこのほど、これを具体的に210万キロワットにする計画が進められることになったようだ。2020年度運用開始という、この種の計画としては異例に短期間だと言われる設置工事となるようだが、送電容量を大きくするために必要な1,320~1.410億円とされるコストの課題に加えて、高圧送電線増設には、地域が受け入れに反対して計画通りに進まない可能性もある。
この増強は、風力・太陽といった不規則な変動をする自然エネルギーの受け入れを促進させる効果もある。自然エネルギーとの関連では、北海道と本土を結ぶ60万キロワットという、これも小規模な連系線の大幅増強も早期に具体化されなくてはなるまい。この連系線は海底電線による高圧直流送電で行われているが、この容量拡大は、北海道に豊富な風力と太陽のエネルギーからの電力を本土に転送する規模を大きくするに止まらず、電力需要規模の小さい北海道に、変動する自然エネルギーが大量に設置されたときに心配される系統の不安定化を解消できるというメリットも極めて大きくする。この見地からして、北本連系線の増強は、東西の周波数変換設備増強に劣らず重要なものである。
だが、日本の電力供給をもう少し長期的に安定化させるためには、この2つの連系容量増強と並行して、北海道と東北から、関東、中部、関西といった電力需要規模が大きな地域に向けて、200万キロワット容量を超える高圧直流(HVDC)送電線を、まず日本列島の太平洋沿岸部の海底に敷設することを具体的に検討する必要があると筆者は考えている。これによって東西周波数の相違はあまり問題とならなくなる。この送電線を日本海側にも敷設すれば、東西連系容量増強と同時に、セキュリティーの見地からも望ましいものとなるだろう。
なぜ海底送電線なのか。いま洋上風力発電が政策として推進されようとしている。この場合、必ず洋上の設備から陸上に向けて送電線を敷設する必要があるが、海底設置の大容量HVDC送電線をこの受け皿にすれば、コスト的にも大きなメリットがあるはずだ。一本の送電線に多くの風力発電が接続されれば、出力変動を抑制する効果もある。欧州でも北海に設置される洋上風力発電の接続を一本の高圧直流送電系統にまとめようとしているのも先例となる。HVDCについては、中国で長距離高圧大容量のものが多数設置されつつあって、技術的に大きな課題は殆どないと言える。海底への送電線敷設について、日本では漁業権者との折衝が必要かもしれないが、陸上に大規模な送電線を設置するよりも難しさは小さいと考えられる。漁民をプロジェクトの当事者に参画して貰うのも一つの方策だろう。
日本の発電所はほとんどが沿岸部にある。したがって、この近傍へ海底送電線を陸揚げさせて交流に変換してやれば、火力発電所から内陸部への送電網をうまく利用することができるケースが多いだろう。海底を交流で送電するよりも、直流の方が送電損失は遙かに小さいことも大きなメリットだ。また、将来の電力供給構造として検討されている日本全体の系統制御を行うのにも資するだろう。ぜひ具体的な検討を始めてほしいと考えている。
ここで誰でも考えるのはその設置コストだろう。必ずしも全部を一度に行う必要はない。筆者は、風が豊かにありながら送電網容量が小さい北海道東部沿岸と、福島原発第二が停まったために関東地域への高圧送電線容量が余っている福島地域を結ぶものから着手すべきだと考えている。その時に幾らコストがかかるか、誰が負担すべきか、は大きな課題である。
コストについては、2011年にスイスの電機メーカーABBが受注を発表した、北海に設置される洋上風力発電とドイツの陸地の変電所までの135キロメートル(陸上では地下設置)を結ぶ32万ボルト・90万キロワットシステム(送電損失は1%とされる)が、約10億ドル(100円/ドル換算で1,000億円)で2015年完成予定だというのが参考になるかもしれない。100万キロワットの天然ガス火力発電所建設コストが1,000億円見当(東京都の試算)だということも比較の対象となる。下北半島と襟裳岬の間の距離が約150キロであることを基準にすると、それを稚内や福島近辺まで延長しても拒否的なコストにはならないのではないか。いま北海道・東北には政府が送電網の増強支援を計画しているから、それとの乗り合いも考えられる。
誰がこのコストを負担するか一概には言えない。しかし、今後発送電分離が実現すれば、この直交変換設備は発電所だと定義できるし、高圧直流幹線は全国対象に送電系統管理を行う事業者が保有・管理するものとなる可能性が高い。これに必要な投資は、全国の電気事業者が長期的に応分の負担をして回収するモデルが成立すれば良いのだが、日本のエネルギー政策と環境政策、さらにはエネルギー安全保障を価値評価した上で、全体の事業性を考えることになるのは必然であろう。