化石燃料資源がごみくずに?


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 3月8日のIEA主催の気候変動に関するワークショップの議論について報告したところだが、その際に聞いた興味深い話をもう1つ。

 それは「2度目標を守るためには、大規模なCCSの導入が無い限り、世界の化石燃料資源の3分の2は商業化できない」という議論である。2012年版のIEA「世界エネルギー展望」(World Energy Outlook:WEO)では以下のような説明が展開されている。

世界の産業革命以降の温度上昇を2度以内に抑えようとした場合、既に排出された分を除けば、2012年から2050年までに884Gt-CO2しかエネルギーセクターから排出できない。
現時点の化石燃料資源を「炭素資源」(carbon reserves)としてCO2排出で換算すると2860Gt-CO2。CO2含有量で見ると、3分の2が石炭、22%が石油、15%が天然ガス。このため、2度目標を厳守するためには化石燃料資源の3分の2は使えないことになる。
化石燃料資源の3分の2は北米、中東、中国、ロシアの4地域に賦存。北米、中国の場合、93%、96%の化石燃料資源が石炭であるのに対し、中東の場合、66%が石油、33%がガス。
化石燃料資源の74%は政府が保有しており、特に非OECD諸国の場合、政府の保有比率は88%に上る。
化石燃料資源を豊富に有する地域が、その経済価値を保持するためには、CCSに加速度的な投資を行うことが必要である。
現在、化石燃料資源の開発に巨額の投資資金が投入されているが、これは「炭素バブル」を招いており、2度目標を厳守した場合、開発した化石燃料資源の多くがstranded assets になる。金融機関の中にもプロジェクトや投資を評価する際にこの点を考慮に入れ始めている。

 これ自体面白い分析なのだが、IEAがこのような分析を行う背景も興味深い。IEAの主要メッセージはCCSの重要性ということであろう。途上国を中心に石炭等の化石燃料依存が根強く残る中で温室効果ガス削減を図るためにはCCSの導入が不可欠だ。化石資源の所有者(国、企業)から見ても自分たちの資源の有効利用を図るためにはCCSが必要だと言いたいのだろう。

 ただ、上記の議論には疑問もある。上記の分析は「2度目標を達成するため」という前提条件が付いている。2度目標と整合的とされる450ppmシナリオを達成するためにはWEOの中心シナリオであるNew Policy Scenario (各国がカンクン合意でプレッジした目標に準拠)から15ギガトンもの削減が必要になるが、その17%がCCSということになっている。2度=450ppmシナリオの世界では、2035年の炭素価格はOECD諸国で120ドル/トン、中国、ロシア、ブラジル、南ア等で95ドル/トンが想定されている。既に想定された以上のCCS普及をしようとすれば、更に高い炭素価格が必要になる。そうなれば化石燃料の原子力、再生可能エネルギー等に対する価格競争力はなくなり、CCSを使っても化石燃料資源の経済価値の保全にはならないのではないか。

 また、現実世界が上記分析の通りになるかどうかも別問題だ。例えばWEOの中心シナリオであるNew Policy Scenario では中国、インドの電力需要は2010年から2035年までに約2倍、約2.6倍に拡大し、その増分に占める石炭火力のシェアはそれぞれ4割強、6割弱である。増大するエネルギー需要に対応するため、国内資源を活用しようというのが通常の考え方だが、その相当部分が2度目標のために使えなくなるといわれた場合、中国、インドはどう反応するだろうか。あるいは、中東、ロシアのように輸出収入の大部分を化石燃料輸出に依存している国が、「2度目標を達成するためには、自国の化石燃料の相当部分がstranded assets になる」といわれたら、どう反応するだろうか。

 気候変動交渉では産油国が「先進国の温暖化対策によって化石燃料消費が低下したら、化石燃料輸出に依存する産油国は経済的打撃を受けるので、その分を補償せよ」という信じがたい議論を展開してきた。上記の議論のマグニチュードはそれどころではない。化石燃料保有国の国富の評価額に直結する話になるからだ。2度目標の見直し論はもとより、かつてのエクソン・モービルのように、エネルギー産出国、エネルギー産業が「気候変動には科学的根拠がない」というキャンペーンを張る可能性もある。

 上記の議論は、「各国のプレッジした目標値を足し挙げても、2度目標達成のために科学が求める排出削減量と比較すると○ギガトン足りない」というギガトンギャップ論の変形バージョンでもある。いずれも2度目標を「不磨の大典」とし、そこから色々な分析を導く出す点では同じである。2度目標がいかにチャレンジングかを示す論拠として貴重な示唆を与える分析ではあるが、その結果、動くのは化石燃料の評価額ではなく、2度目標の方かもしれないという感想を持った。IEAはもちろん否定するだろうが、深読みすれば、エネルギーのプロ集団である彼らの隠されたメッセージはそこにあるのかもしれない。

2011年末時点での化石燃料確認可採埋蔵量からのCO2排出量(Gt)
(出所:IEA World Energy Outlook 2012)

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