リスク・コミュニケーションと不安の増幅メカニズムについて


東京工業大学大学院・研究員(非常勤)、千葉商科大学大学院・客員教授、コンサルタント(運用リスク管理システム)

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4.不安の増幅的フィードバック

 不安の増幅的フィードバックのメカニズムを簡単に説明したい。日本の場合、一般市民と原発管理者の信頼が高い間は、リスクに対する関心は公表される情報を得ることで十分だった。言い換えると信頼をベースに安全・安心が維持されてきた。
 ところが一般市民の原発管理者への信頼が低下するにともない、公表された情報に対して懐疑的になり、自分でリスク情報を判断することが多くなる。そこで得られた内容(デマを含む)によっては、不安をより一層増加させることになる。そのループ(信頼の低下(=不信の増加)→リスクへの関心の増加→不安の増加)が順次繰り返されることで不安の増幅的フィードバックが生成する(図1)。

(図1)不安の増幅的(正の)フィードバック
(Anxiety Amplifying Feedback Loops)

 ここでは、震災後に一般市民の不安が増加して、ある一定期間を経過後も低下しなくなる様子を「不安の増幅的フィードバック」が発生したとしている。その状態を示す明確なデータを個別にみつけることは容易ではないが、ひとつの指標として原発関連事故による不安感についての世論調査結果を示す。
 (表1)にある回答項目の不安感じる(「大いに感じる」と「ある程度感じる」の合計)の数値は、震災後の調査(2011年6月)に90%を示す。その後、一時的に低下するものの、震災後1年経過した2012年3月の世論調査では90%の高水準を維持している注4)


(表1)NHK放送文化研究所, 2012, 「社会や政治に関する世論調査」

 原発事故は過去に散発的に発生していたが、個別の世論調査による不安感を質問したアンケート結果からは、ある一定期間が経過すると事故が起こる前の水準に戻ることが示されている注5)。今回は、東日本大震災後1年を経過したあとも不安に関連する項目の数値が震災直後のままである。
 アンケートでの不安感が高い水準を維持している要因としては、福島原発事故後に公表された政府、電力会社を含む原発管理者によってなされた事故対応への失望とそれに加えて世論操作と疑われる行為が発覚したことにより、一般市民の信頼が大幅に低下したことがあると考えられる。

5.おわりに

 不安の増幅的フィードバックを抑制するには、原発管理者(政府、企業、専門家)が一般市民からの信頼を回復させつつ、一般市民のリスク意識の高まりに合わせた新たなリスク・コミュニケーション(リスク情報伝達)に対応することが必要である。ひとつの考えとしては、すべての利害関係者(政府、企業、専門家、一般市民)が関与する「熟議」があげられる。
 イタリアのラクイラのように、行政側の目指す結論があらかじめあり、それにお墨付きを与えるために専門の学者を集めてリスク情報を伝達したとみなされては、リスク管理者と一般市民の間の信頼を著しく低下させることにつながり、最終的には不安を増幅させる結果となってしまう。
 そのためにもお互いの信頼が高い間から情報伝達される側のリスクリテラシー(対応力)を高める努力が必要である。たとえば原子力を含めた将来のエネルギー問題をさまざまな機会に環境問題を含めて幅広く議論する仕組みを構築すべきであろう。
 最近では、放射性廃棄物の処理に関する議論が注目されており、専門家と一般市民とのリスク・コミュニケーション(リスク情報伝達)のあり方が、一層大きく問われている注6)

注4)
最終回(2012年3月)調査では、趣旨は同じものの質問文が若干変わっている。ここでは「不安感」を問う同じ趣旨の質問として取り扱っている。
注5)
下岡浩, 2007, 「意識調査からみた原子力発電に対する国民意識」第35回原子力委員会, 資料第3号, (財)エネルギー総合工学研究所、資料によれば、「大きな事件・事故直後は不安感が増すが、時間の経過と共に元にもどる」および「不安を抱きつつも有用を認める故、原子力発電の利用を認めている」という特徴がみられるとしている。(http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2007/siryo35/siryo35-3.pdf, 2012年1月28日検索)を参照のこと。
注6)
専門家による「高レベル放射性廃棄物の処分に関する検討委員会」での議論の結果が公表されている。日本学術会議, 2012,『高レベル放射性廃棄物の処分について』日本学術会議(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-k159-1.pdf)を参照。

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