続・発送電分離の正しい論じ方


Policy study group for electric power industry reform

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 政権交代後、しばらく休止状態であった電力システム改革専門委員会が1月21日(月)、再開された。報道では、政府は2月までに、本件について何らかのとりまとめを行う意向と伝えられている。前回記事でも触れたが、これまで委員会で出た意見の中には、雑なものも散見されるので、とりまとめの前に検証することも有意義と考える。

 委員会の大きな論点の中に、発送電分離をどのように行うか、具体的に言えば、選択肢として示されている機能分離と法的分離の比較に関するものがある。今回は、この論点を取り上げる。

発送電分離の類型

 まず、導入として発送電分離の類型について説明する。発送電分離には幾つか類型があるが、本稿では、次の3類型に基づいて論じる。

A)
所有分離
電力会社の送配電部門全体を資本関係のない別組織に分離。資本関係がないため、特定の発電・小売会社を優遇するインセンティブがなく、中立性確保策としては最も有効とされる。
B)
法的分離
電力会社の送配電部門全体を別組織(法人)に分離。ただし、資本関係は残る。
C)
機能分離
電力会社の系統計画・系統運用の機能(より正確に言えば、中立性に影響する機能)を資本関係のない別組織に分離。送配電設備は引き続き電力会社が保有し、保守・建設等も行う。

(図)発送電分離の類型(イメージ図)

 上記の通り、中立化確保策としては所有分離が最も有効とされるが、民間企業である電力会社の所有分離は現実的でないとして、委員会では、法的分離と機能分離の2類型を選択肢として検討している。それでは、これまでの委員会で出た意見を振り返ってみたい。(意見は枠で囲ってある。)

法的分離は監視しやすいか

機能分離では多くの機能を電力会社に残した場合など、組織の設計、権限の委譲によって骨抜きとなる。その際、技術に詳しくない人は技術のことを言われてごまかされる危険性があり、法的分離に比べて骨抜きが分かりにくい。更にシステムをつくり込んだ後骨抜きだったことが分かっても、変更により大きなコストがかかる可能性も高い。(第9回)
法的分離では行為規制が緩い場合に骨抜きとなるが、これは極めて分かりやすいので監視がしやすいし、仮に骨抜きにされた場合も、行為規制を追加することで改善がしやすい。(第9回)

 機能分離よりも法的分離の方が、中立性が確保されているか監視がしやすいとの論である。しかし、むしろ逆ではないか。

 機能分離は、制度設計が適切であれば、送配電部門の中で中立性に影響がある機能は、所有分離された独立系統運用者(ISO)に移管され、中立性が確保される。電力会社に残るのは、中立性に影響がない又はあっても軽微な機能である。対して法的分離は、中立性に影響がある機能も含めて、送配電部門全体が電力会社のグループ企業として残るので、中立性確保のための行為規制及び監視が必要である。その強度は、中立性に影響がない又はあっても軽微な機能が残るだけの機能分離よりは、当然に強くなる。

 機能分離が、制度設計、特にISOに移管すべき機能を仕分ける段階で「技術に詳しくない人が技術のことを言われてごまかされる」危険性があるのであれば、技術に詳しい、ごまかされない人が制度設計するしかない。技術リテラシーが重要なのは、法的分離でも同じである。分社化したとしても、送電会社が行ったある判断に対して、中立的でないのではないか、という疑義は発生しうる。その際、調査をする監視当局が「技術のことを言われてごまかされる」のではどうしようもないし、技術リテラシーのない監視当局を安心させるがために、過剰な規制を課すようなことになっても困る。つまり、どちらを選択するにせよ、技術リテラシーのある人材が関わることが重要なのである。

 機能分離は、「システムをつくり込んだ後骨抜きだったことが分かっても、変更により大きなコストがかかる可能性も高い」との意見については、具体性に乏しいのでコメントしづらいが、機能分離に固有の問題と言えるのか良く吟味する必要がある。21日の委員会で電気事業連合会が示した分離に伴う費用試算(リンクのスライド22以降が該当)では、給電システム以外も含めたシステム投資全体では、法的分離が機能分離をかなり上回っている。法的分離は行為規制を追加すればよいと言うが、行為規制のためにもシステムは必要であり、このシステムが不適当であれば、同様に変更が必要となる。

フランスも所有分離に向かうと言うが

 委員会では、海外からのゲストとして、フランスの送電会社RTEの副社長が招聘された。RTEはフランスの国営電力会社EDFの送配電部門が法的分離して出来た会社である。機能分離と法的分離を選択肢として掲げる一方で、法的分離の当事者のみを招聘するのは、議論の進め方としては偏っている。PJM等、機能分離の代表例についても、関係者を招聘するべきではなかったか。

フランスでは、法的分離に近い形でITOという形式と規制強化を選択しているが、欧州の他国では、所有分離をとっているケースが多い。発送電分離をする過程で、国営電力企業であったということが背景でもあるが、フランスも国営企業であったにもかかわらず、所有分離ではなく、ITOでなければならなかったのか。今後所有分離をする計画はあるのか。(第4回)
何故、EDFが所有分離を選択しなかったか、という点については、ITO(法的分離)のほうが所有権分離よりも優れたシステムであるという趣旨ではない。重要なことは「ステップバイステップのプロセスを踏む」ということである。フランスの場合は、改革当時は所有分離という選択肢は、政治的にも社会的にも困難であった。しかし、当初は親子関係の中で配当をもらうというITOの形態を選択したとしても、5年、10年と経過するうちに所有分離をする電気事業者が増加していくのではないか。(第4回 ピエール・ボルナール仏RTE社(送電会社)副社長)

 この問答を通じて、「あくまで最終理想型は所有分離であり、法的分離は通過点。フランスの電気事業幹部も同じ考えであった」と主張される向きがあるかもしれない。しかし、その主張はナイーブ過ぎるだろう。EDFもRTEも国営企業である。後述するが、EDFとRTEが資本関係を解消したとしても、どちらも株主は国であるので、所有分離とは実質言えない。EDFと競合する欧州他国の電気事業者から見ても、中立的とは評価されないであろう。

送電会社の役員人事を国が握るべきか

 前述のとおり、法的分離は、送配電部門の機能を中立性への影響の程度によって仕分けることはせず、全体として別会社に分離する。そのため、分離した会社のガバナンスを規制することにより、中立性を確保しようとすることが多い。

(法的分離の)行為規制についてはフランスがモデルになる。(送電会社の)人事は政府が握っており、親会社は議決権を持たない制度となっている。これらは根幹を成す部分。(第9回)

 欧州では、欧州委員会による電力自由化の指令により、法的分離(ITO)を選択する場合は、送電会社の役員人事を国の承認事項とするよう定めており、フランスもそれにしたがっている。上記の意見は、同様の措置を日本でも講じるべき、との主張である。しかし、電力会社に国営企業、あるいはかつて国営企業であった企業が多い欧州と異なり、日本の電力会社は(一時国営化されている東京電力を除き)純粋に民間企業である。その役員人事を国が握るというのは、相当に異例のことである。

 そもそも欧州市場において、役員人事に国が関与することが、どれほど中立性確保に寄与するのだろうか。特に、フランスは、政府が国営発電・小売会社EDFのオーナーでもあるので、同じ政府が送電会社の人事に関与したから中立的とは言えないだろう。また、政府が発電・小売会社を直接保有していないとしても、欧州市場は国を跨いで事業者が競争する市場である。政府の息のかかった送電会社役員であれば、自国の事業者を優遇するインセンティブはあるわけなので、他国の事業者の目から見れば、やはり中立的とは言えない。むしろ、各国政府の利害を反映するために、送電会社の役員人事を握っているという解釈も出来なくはない。

 日本の場合、国が送電会社の経営への関与を強めることで、整備新幹線や高速道路並みとは言わないまでも、送電線建設が政治案件化あるいは公共事業化する懸念はないだろうか。実際、電力会社の設備投資が公共投資に準ずる位置づけであった時期も、かつてはあったわけである。その時代に戻ってしまう懸念はないのだろうか。あるいは、送電会社の資材調達が、かつての日米貿易摩擦の様に、外交上の配慮といった国の都合で歪められる懸念は無いのだろうか。中立性確保の効果が、この懸念を補って余りあるものなのかどうか、良く吟味すべきである。

 なお、第9回委員会では、法的分離した送電会社の役員人事について、国が関与するのではなく、社外取締役を過半とする案が事務局から示された。これには、複数の委員が否定的な意見を述べている。そのうちの一人は、新電力であるJXエナジーホールディングの社外取締役である。社外取締役と言っても中立的とは言えないことを、ご自身実感しているゆえの意見と拝察する。

機能分離・法的分離の選択の前に

 実際のところ、機能分離と法的分離のどちらが望ましいかは、様々な切り口が考えられて一概には言えない。また、両者の比較に関するこれまでの議論が、十分熟しているとも思えない。そもそも、両者の選択以前に「発電と送配電がそれぞれの責任の下で協調し、安定供給を確保するルール・制度の整備」という両者共通の大きな課題がある。まずはこちらの検討を優先して進めるのではないか。その過程の中で、両者の優劣について、新たな視点が浮かび上がってくることも考えられる。

 また、前回記事でも指摘したとおり、需給がタイトな中で大きなシステム変更はリスクが大きい。エネルギー政策の議論を先行するとともに、電力需給の回復を図ることも必要だろう。

法的分離を考える:分かりやすさだけで良いか

 電力システム改革専門委員会では、法的分離を推す委員の方が多いようだ。理由は結局のところ、あまり複雑なことをしない「分かりやすさ」のように感じられる。他方、規制の最小化を指向するのであれば、送配電部門の個々の機能を、中立化への影響度合いによって適切に仕分けし、仕分けた機能を資本関係のないISOに分離する機能分離が優れているように思える。法的分離は、このような仕分けの手間をかけない分、分かりやすいということだろう。

 ただ、分かりやすさと実効性は別である。分社化しても、電力会社のグループ企業として残るので、中立性確保のための行為規制及び監視が必要である。金融の世界を見ても、厳格なチャイニーズウォールの下でも増資インサイダー取引は起こりうるし、現に起こっているわけであるので、実効的な抑止のためには、証券取引等監視委員会の調査能力が非常に重要である。仮に、監視委員会の調査能力に疑問符がついてしまうと、世の中の安心を得るには、より過激な規制を行うしかなくなってしまう。例えば、増資引き受けを行う証券会社は、顧客への株の売買及び自ら株を売買することを一切禁止する、等である。

 同様に、法的分離をし、行為規制を講じたとしても、送電会社が行った個別の判断に対して、中立的でないのではないか、という疑義は発生しうる。そうした中で、監視当局が「技術のことを言われてごまかされる」と世の中に思われてしまえば;

世の中の安心を得るために、過剰な規制(「役員人事を国が握ること」も含まれ得る)が講じられ、効率やサービス水準が損われる
技術リテラシーの低い人へのわかりやすさを優先して、技術的に正当な判断が歪められる

といった状況に陥ることが懸念される。わかりやすさも安心も重要であるが、それを追求するあまり効率や品質を過度に犠牲にするのは避けるべきである。そのためには、専門性を持った人材が関与することが非常に重要である。

 ところで、過去の電力システム改革専門委員会において、「送配電部門の中立性に疑義があるとの指摘(事業者の声)」(リンク先のP18-20が該当)と題して、新規参入者(新電力)から寄せられた疑義の事例が事務局から示されたことがある。この特集でも2回取り上げ、日本電力系統利用協議会(ESCJ)なり行政なりがこれらの事例を調査し、見解を明らかにすべきと指摘した(日本における発送電分離は機能しているか送電分離の正しい論じ方)。残念ながら、これは実現していないが(電気事業連合会の見解は提示されている)、その一方で、発送電分離の議論は進められている。これは、最初から「技術のことを言われてごまかされる」とあきらめた上で、世の中を安心させるための議論をしているようにも見える。つまり、現時点の議論が既に、上記①の状況に陥っている懸念があることも、最後に申し添えたい。

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