最終話(3の1)「ポスト『リオ・京都体制』を目指して(その3)」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
1.ドーハCOP18についての若干の考察
筆者自身は既に気候変動交渉から離れており、ドーハCOP18の現場には行っておらず、現場でのやりとりの詳細は承知していない。以下のいくつかのコメントは、気候変動交渉に携わっていた本年夏までの経験と、COP18の成果文書、関連報道、日本代表団関係者とのやりとりなどを踏まえた印象である。
総論
一言で言えば想定の範囲内、かつ日本が望む方向の範囲内に収まったといえる。すなわち、1)将来枠組みの工程表を出来るだけ具体化する、2)京都議定書「延長」問題を日本の立場を確保する形で処理する、3)途上国支援を切れ目なく行うとのメッセージを出す、4)日本が提案する二国間オフセット・クレジット制度への国際的理解・支持を拡げる、といった日本がこれまで目指してきた目標はいずれも概ね達成されたといえる。交渉事である以上100点満点ということはあり得ず、これらの目標についても、もっと出来たことが無いわけではない。しかし、来年以降の日本の足場を確保し、次につながる形を作れたのではないかと思う。
ここ数年間の気候変動交渉をゴルフにたとえれば、途中何度かラフにつかまって崩れそうになりながらも概ねフェアウェーをキープし、手堅くパーでまとめるプレーだったといえようか。重要なのはドライバーショットの飛距離ではなく、風やコースをよんで臨機応変に対処しながらラウンド全体を見通してスコアをまとめられるかであろう。
将来枠組みの工程表
将来枠組み検討のためCOP17で設置が決定されたダーバン・プラットフォーム特別作業部会(ADP)の来年以降の工程表が決定された。すなわち、1)2013年はADPを2回開催し、4月と9月の追加会合の可能性を検討すること、2)2014年、2015年についても少なくとも2回の会合を開催すること、3)2015年5月までに交渉テキストを準備するため2014年末のCOP20に向けてテキストの要素につき検討を進めること、などが決定された。
将来枠組みの内容というよりは、来年以降の会議の段取りが決定の中心になった感がある。主要国が政治的移行期間にある中、2015年までに決めるべき内容を今年詰めようとしても困難なことは元々予想されていた。将来枠組みと今回「延長」された京都議定書とのギャップは2020年まで続くことになる。これまで、京都「延長」をテコに将来枠組みの内容を固めようとしたEU等の戦術は功を奏したとは言い難い。テコが無くなった中で2015年までの交渉のモメンタムを如何に生み出すかが今後の課題である。
カギは2014年の米国の中間選挙と、欧州から選ばれる翌2015年のCOP21議長国であろう。2014年秋の中間選挙はオバマ政権2期目の交渉スタンスの柔軟性を左右する。またコペンハーゲンCOP15から6年振りに議長国が回って来る欧州としては、その立場を最大限活かして、将来枠組みの合意にこぎつけようとすると思われる。
京都議定書「延長」問題
COP18(厳密にはCMP8)では、京都議定書第2約束期間を設定する議定書改正案がついに採択された。2005年の議定書発効以来7年越しの懸案の処理である。日本、ロシア、カナダの不参加についてはCOP17までの交渉で既に明らかになっており、予想通り焦点にはならなかった。これまで態度を明確にしてこなかった豪州とニュージーランドの対応は分かれた。豪州は90年比マイナス0.5%という数値目標で第2約束期間に参加する一方、ニュージーランドは不参加を決めた。ニュージーランドは環境NGOより、カナダと並んでCOP18における「大化石賞(colossal fossil)」を授与されている。
第2約束期間の長さは2020年までの8年となり、2014年までに各国の野心引き上げを検討する機会を設けることとなった。8を主張していたEUと、(低い野心を長期固定化しないよう)5年を主張していた小島嶼国(AOSIS)等との妥協の結果である。
日本との関連では、第2約束期間参加とCDMへのアクセスとのリンケージが主要論点となった。結局、第2約束期間に参加しない国もCDMプロジェクトに参加してクレジットを原始取得すること(クレジット発行後に自国の登録簿に転送すること)が可能なことが確認された。ただし、第2約束期間に参加しない国はCDMのクレジットを移転したり、獲得(原始取得ではなく、排出量取引による取得)することは認められなくなった。もともとCDMクレジットの取得には「国富流出」との批判も根強かったため、参加プロジェクト以外のクレジット取得が制限されることは、日本にとって必ずしも困る話ではない。むしろ、日本を買い手と見込んでいた各国CDM関係者にとっては痛手であろう。EUもこれまでCDMの対象国・分野を絞る方向で動いてきており、今回の決定はCDMの縮小傾向を更に後押しすることになろう。結果的に日本が提案してきた二国間オフセット・クレジット制度のような、より分権的なガバナンスの市場メカニズム構築を促す可能性もある。
以上のとおり、将来枠組みに関するADPのプロセスが軌道にのり、京都議定書「延長」問題も決着したことから、これまで2トラックで国連交渉を担ってきた2つの作業部会(AWG-LCA及びAWG-KP)は終了されることになった。ともすると肥大化しがちな国連組織では、こうした交渉プロセスの合理化も一つの成果といえよう。