第2回 日本経済団体連合会 資源・エネルギー対策委員会企画部会長 鯉沼晃氏

エネルギー政策は国家戦略の根幹。政府に責任あるエネルギー戦略をゼロから作り直してほしい


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第2回にご登場いただくのは、日本経済団体連合会資源・エネルギー対策委員会企画部会長鯉沼晃氏です。経団連は、政府のエネルギー・環境政策に関する選択肢の3つのシナリオが各産業に及ぼす影響を調査するアンケートを実施し、結果を公表しています。政府による原発ゼロシナリオの革新的エネルギー・環境戦略の決定などについて、率直なご意見を聞きました。(2012年9月19日インタビュー実施)

国民生活と企業活動への影響を十分考慮したエネルギー政策でなければいけない

――エネルギー・環境政策について経団連としての基本的な考え方をお聞かせください。

鯉沼晃氏(以下敬称略):エネルギー政策に求められる基本的視点について我々の考え方を申し上げますと、3つあります。一つはエネルギー政策が「安全性、安全保障、経済性、環境適合性」の、S+3Eに、バランスがきちんととれていることが基本であると考えます。その意味で、バランスを見るとき、政策の費用対効果や、国民生活および企業活動への影響を十分考慮しながら決めていかなければなりません。

鯉沼晃(こいぬま・あきら)氏
東京大学工学部舶用機械工学科卒業。昭和50年4月昭和電工株式会社入社。平成13年10月日本ポリオレフィン株式会社大分工場長兼生産技術部長。平成18年1月昭和電工技術本部生産技術室長兼生産技術センター長、平成22年3月同執行役員生産技術本部長、平成24年1月同取締役常務執行役員生産技術本部長、平成24年6月経団連資源・エネルギー対策委員会企画部会長。

 2つめに、省エネルギーや再生可能エネルギーについて、最大限に取組んで計画を立てることが必要ですが、それと同時に、エネルギーの需給ギャップが生じないよう、要するに安定供給ができるように、突発的なブラックアウトなどが起こらないことを前提に、省エネや再生可能エネルギーの現実的な導入を政策に盛り込んでいかなければなりません。

 3つめに、日本は自給率わずか4%程度と化石燃料に乏しく、島国である日本は、北は北欧から南はスペインさらに地中海を超えて北アフリカまで電源ケーブルがつながる欧州と違い、電力の輸入ができません。発電に関しては単独で需要を賄う必要が根本的にあります。そういう意味では、リスクを分散することや、化石燃料の資源国に対する交渉力を確保することが非常に大切になります。そのために何が不可欠かと言うと、日本におけるエネルギー源の多様性を確保できていることが交渉での有力なカードになります。交渉の余地のないところで交渉は成立しませんから、多様性や選択肢をきちんと維持していくことが大切なのです。

 地球温暖化問題については、経済との両立を図りながら着実に取り組むべきと考えています。とくに、日本企業の優れた省エネ・新エネや排熱利用などの技術はオイルショック以降、約40年にもわたって研鑽を積んできています。そうして蓄積した技術力を活かして地球規模の温暖化対策に貢献していくことが重要です。

政府が示した3つのシナリオは、実現可能性や経済に及ぼす影響など、問題が多い。いずれも適切ではない

――政府のエネルギー・環境会議において示された「エネルギー・環境政策に関する選択肢」の3つのシナリオはどのように評価されましたか?

鯉沼:今回の政府から示された3つのシナリオはいずれも、実現可能性や経済に及ぼす影響など、問題が多いと言わざるを得ません。特に、省エネと再生可能エネルギーの導入見積もりが非常に楽観的になっています。要は、その背景になるものがかなり薄いのではないかと思われるわけです。この見積もりに沿って、省エネルギーに頼る、あるいは再生可能エネルギーに大きく頼っていくという、ふたつの難題をできるものとして進めていきますと、エネルギーの需給ギャップが発生し、社会的にも問題となる事態が起こりかねないと危惧しています。

 これ以外にも、いずれのシナリオも電力価格の上昇や、雇用を含む経済への悪影響はほとんど避けられないと思っており、国民生活を守るエネルギー政策となっていないというのが私どもの理解です。例えば、どのくらい国民生活にダメージが出るのかというと、最悪の場合、電気料金は2.3倍となり、さらに問題なのは失業者数が約200万人増加する事態になる。これは生活を守る政策にはなっていないという一つの顕著な例です。

 さらに、この3つのシナリオのうち、「ゼロシナリオ」、「15シナリオ」の2つについては、原子力の維持を明確にはしない内容になっています。15%は、原子力発電所を更新も何もしない、要は時間が経過し、ある年限がくると稼働を止めていき、2030年には15%になってしまいます。両シナリオは、「原発を維持する・しないケース」ということで共通しており、国際交渉の上でもエネルギー源の多様性の交渉カードを持つ立場を失ってしまうでしょう。この2つのシナリオは、我々としては容認しがたい内容です。原子力については、エネルギー源の多様性の維持がどれだけ大切かということを、もう少し開かれた国民的議論でやらないと、日本としての国益を損ねるのは明らかです。

――経団連の団体会員企業に「政府のエネルギー・環境会議において示されたエネルギー・環境政策の選択肢等に関するアンケート」をされましたが、どの様な意見がありましたか?

鯉沼:まず利益、生産、雇用、国内における設備投資、国際競争力について、「大きく減少」または「減少」させるといった減少方向の回答が6割を超えています。つまり大多数の会員企業が、政府が提示している3つのシナリオを非常に危惧しているということです。特にゼロシナリオ(追加対策後)ではその答えが8割を上回っておりました。

 さらに「最も望ましいシナリオはどれですか」という項目については、3つのシナリオからは選択できないとして、「その他」とする回答が62%と最も多く、過半数を超える方がいずれのシナリオも非常に問題があると考えておられるわけです。特に経済への悪影響や、もう一つは省エネ・再エネ含めて実現性に乏しい等の理由を挙げており、いずれのシナリオも適切ではないと捉えています。

エネルギー安全保障の観点と、化石燃料高騰による世界への影響

――エネルギーは、国内問題のみならずグローバルな視点で議論することがやはり大切かと思います。経団連としてエネルギー問題と海外戦略の関わりについてお聞かせください。

鯉沼:大きく分けて2つあります。ひとつに日本はエネルギーの自給率はわずか4%であることから、エネルギー安全保障の観点から、国産エネルギーの活用に向けての取組みを真剣に行う必要があります。再生可能エネルギーについても、コストを大きく下げることと効率を高めていくこと、この2つを目的とした技術革新を推進して活用しなくてはいけません。一方で、化石燃料の確保も必要です。そこでは資源外交の切り札として、あるいは交渉のカードとしての多様性を失わないことが重要でしょう。日本近海のメタンハイドレードなどの資源開発については、企業だけではできませんから官民一体で取組むことが大切です。

 2つめに、エネルギー問題を国内問題だけでなくグローバルな視点で考えて、国際的なエネルギー対策に貢献していくことを日本の責務にするという考え方が大切だと思います。

 世界の大半の国は化石燃料に依存しています。フランスのように総発電量に占める割合の75%が原子力発電という国もありますが、大勢としては化石燃料に依存しているのが今の世界の現状です。この中で経済大国の日本が、今、原発を止めてしまうとすると、今でも既に昨年から起こっていることですが、燃料価格が高騰するでしょう。経済大国が値段を上げてしまい、大国でない他の国々に化石燃料購入の費用額がかさみ、迷惑を掛けてしまう事態は避けなければいけません。

 3月29日の経団連とアメリカDOE(エネルギー省)長官の面談の中でも、「日本が原発の再稼働をせず、化石燃料の輸入が増大すると世界の化石燃料市場の動向に大きな打撃を与えるのではないか」というご意見を頂いております。我々だけでなく資源国のアメリカでも、やはりそうした事態を危惧しているわけです。

――日本の原子力政策が世界に大きな影響を与えるということですね。

鯉沼:そうです。また、地球規模でみると、温暖化対策の重要性は変ることはありません。日本は世界の温暖化対策に貢献していく必要がありますが、今回のエネルギー・環境戦略の議論の中では、この温暖化対策の視点での検討、議論というのが極めて弱いと考えています。技術立国を目指す日本としては、環境・エネルギー技術の面で国際的な貢献を推進していく必要がある。我々経団連で行っているような低炭素社会づくりの活動や取り組みを世界規模で行っていく。我々が持つ環境・エネルギー分野の技術で、世界に貢献していくことを明確に打ち出すべきだと考えています。

福島事故の原因究明と再発防止策の実施、その後にエネルギー・ミックスの議論をすべき。政府のシナリオでは、産業の空洞化は間違いなく進む

――政府が決定した2030年には原発ゼロを明記するとした革新的エネルギー・環境戦略についてもう少し詳しくご意見をお聞かせください。

鯉沼:まず本来は、原発の事故の原因究明、再発防止策の検討、この後にエネルギー基本計画の改定を行うという手順になるでしょう。まずは福島原発事故の原因究明をきちんと行い、その結果をふまえて、新しい安全基準の策定を含めて、確かな再発防止策を決定、実施する。その後にエネルギー・ミックスの議論をすべきだと考えています。論議の順番が逆になっておりますので、安全・安心を与えることができるのかどうか、そもそも事故の原因は本当はなんだったのかの議論が行われる前に、エネルギー・ミックスの議論をしたことは不本意に感じております。

 そして、政府に提示された「革新的エネルギー・環境戦略」は、経済や雇用を支えている、われわれ経済界の声については全く反映されておりませんので、これについては到底受け入れられるものではありません。このままでは、国内産業の空洞化は加速し、国内における雇用の維持が困難になることは明らかです。

 電気料金の値上げは一部で既に始まっておりますが、国際的には非常に高い電力になっています。さらにこの「革新的エネルギー・環境戦略」の内容に沿った再エネ・省エネの推進を行うと、極めて大きい値上がりが起こるというだけでなく、省エネのための投資等の面での負担も加わり、空洞化は間違いなく進むでしょう。

――空洞化が進むと、雇用などさまざまな問題が生じる懸念がありますね。

鯉沼:例えば、化学産業の場合、企業においての様々な投資計画がある中、事業拡張型の投資は、昨年以降、国内投資の案件があまり出て参りません。国内での経済性が成立しないため、先進国の中で非常に電力が安いのはアメリカや、資源的な意味でインドネシア、あるいは中国など、日本以外のところでの投資計画がほとんどを占めているというのが実態です。もしこの「革新的エネルギー・環境戦略」に従って進むことに万一なれば、国内の雇用が減少するのはもう目に見えているというのが現状です。そういう意味で、電力の安定供給という観点からも、原子力を含む多様性を国内で維持しないといけません。

 また「原発稼働ゼロ」を本当の意味で目指すことを決定して宣言すれば、原子力の安全を支える技術や人材の確保が困難となるだけでなく、日米関係を含む外交・安全保障に大きな悪影響を与えるなど国益を大きく損なう結果を招くことになると捉えています。

 エネルギー政策は国の基幹的政策ですから、国民生活やその生活のベースとなる雇用を守って、日本の経済成長を支えるものでなければなりません。政府には、責任あるエネルギー戦略をもう一度ゼロからつくり直して頂きたいと思っております。

ゼロシナリオで失業率は現在の4.3~4.4%程度から7%以上に高まる等、政府は国民生活に関わる客観的・科学的な情報提供を

――温暖化対策やエネルギーなど環境問題は、様々な側面から国民的な議論が必要で、原子力についても再度国民的議論が必要とのお話を頂きましたが、情報発信と当事者からの説明も議論するうえで大切かと思います。国や企業の情報発信とコミュニケーションの在り方などについてご意見をお聞かせください。

鯉沼:まず、今回の政府のいうところの国民的な議論においては、国民への情報提供がされなかったとは申しませんが、非常に情報が利用しにくかったことも含めて誠実だったとはいえなかったと思います。とくに、雇用を含む生活への影響については、丁寧な説明をすることが国民の生活を守るという視点からの命題だと思います。雇用にどのような影響が出るのかについて、説明が非常に不足している。

 もう一つは電気料金ですが、2030年に向けて2倍となるモデルの検討結果もありますし、きちんと説明されなくてはいけない。また、可処分所得は、原発ゼロ政策で年間60万円程度減少しますが、とくに問題なのが、若年層の落ち込みが大きく、働き手である若年層への悪影響が非常に大きいということです。失業率は現在の4.3~4.4%程度から7%以上に高まり、失業者数は約200万人増加することは、極めて危惧されるところです。「国民を脅してはいけない」との理由から必ずしも詳しい説明をしていないということですが、そういうことはいかがなものかと思っています。

 また、原子力の安全性についての情報提供もない。事故の原因を究明した結果、安全性をどう評価し、再発防止策をどうしていくのかについて情報提供がないまま、原子力発電の位置付けや比率について国民的な議論を進めるやり方は、適切とは言い難いと思います。

 エネルギー政策というのは、国民生活にとっての基本のインフラを決定するものであり、国家戦略の根幹をなすものであります。適切な国民的な議論を行うためには、国民生活に関わる客観的、科学的な情報をきちんと提示しなければならないと思います。

【インタビュー後記】
 原発ゼロ政策にアメリカが強い懸念を示し、閣議決定は見送られ、2030年に向けた日本のエネルギー政策はふたたび不透明な状況になりました。しかし、鯉沼さんのお話を伺い、ここは急がず、今一度シナリオを見直す時間をもつことが大事なのだと感じました。政府には福島第一原子力発電所での事故原因と今後の原子力発電の安全対策について国内外に明確に説明した上で、ゼロシナリオにおける具体的な国民生活への影響など透明性の高い情報を国民に提供してほしいと思います。世界のエネルギー情勢や環境対策も十分考慮し、日本における電源のベストミックスを改めて模索すべきだと思いました。

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