原発再稼働の現場(大飯原発を例にして)


国際環境経済研究所前所長

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 田中委員長はストレステストのことをどう考えているのか。詳しい発言内容はわからないが、上記のインタビュー記事では同氏が「ストレステストについては『(地震と津波に限定した)想定がこれでいいのかは議論がある』と疑問を呈した上で『参考資料であって、こだわることはない』と述べた。」としている。ストレステストは、上記のように法的根拠がないものであり、田中氏がこういう認識になることはわからないでもない。
 しかし、であれば、これまでのプロセスはいったい何だったのか。これまでの原子力安全・保安院が提示した累次の安全対策や、それに沿って行われてきた事業者の安全対策投資について全く無視するのであれば、行政機関内の引き継ぎがきちんと行われていないということを自ら認めるものであり、大きな問題といわざるをえない。国営で税金を投入するにしても、民営で原子力発電所を運営するにしても、安全対策投資コストは税金あるいは電気料金に反映され、国民・消費者が負担せざるをえない。何度も規制体系が変更されたり、今後どういう規制が入るかわからないという不確実な状態では、金融機関の融資も投資家の社債購入もされにくくなるだろう。原子力技術、ひいては原子力を保有する電力会社が資金調達に行き詰まることとなる。電力事業が長期投資を得にくくなれば、高利での資金調達が電気代に反映されることとなるし、安定供給にも支障を来す恐れが生じる。先日発表された政府の「革新的エネルギー・環境戦略」で、2030年代に原発稼働ゼロを目指すと書かれており、そのような方針のもとでは足下の安全対策投資をどの程度行うべきかがそもそも判断できない。再稼働の条件やスケジュールや手続きの不透明性はさらなる追い打ちと言うべきだろう。

 たとえば、件の大飯原発。大阪府市エネルギー戦略会議(戦略というより政治的PRの場と化しているようだが)を舞台にしたパフォーマンスのせいで、再稼働に向けての地道な現場での安全対策が、なかなか一般に伝わってこない。これまで原子力安全・保安院が示した安全対策やストレステスト審査のプロセスに対応して、実際にどのような措置が講じられてきたのか、関西電力に問い合わせてみた。報道では未完の部分ばかりが強調されていたが、工事完了までの対応・措置を下記にまとめてみた。

1.非常災害対策本部、代替指揮所(免震重要棟完成までの対応)
 大飯原発3、4号機の再稼働にあたっては、「福島原子力事故の対応において重要な役割を果たした免震重要棟(免震構造の緊急時対策所)の建設も終わっていない」との批判的報道ばかりであった。しかし、津波高さが10m未満の原子力災害時の非常災害対策本部は別に確保されており、耐震性、耐放射線性があり、空調、通信、非常用電源等の設備が備わっている。また、10m以上の津波が発生した場合は中央制御室周辺の会議室等を使用し代替指揮を行う。そのため、中央制御室と同等の耐震性、耐放射線性があり空調、通信、非常用電源等の設備等が備わっている。

2.防波堤のかさ上げ完了までの対応
 現在、津波の衝撃力を緩和するための対策として5mの防波堤を8mまでかさ上げする工事を行なっているが、建屋側で11.4mまでの水密化の対策(扉のシール等)を行なっており津波の浸水対策は完了済。更に水密性を向上させるために水密扉への交換工事を行い、9月末までに全て完了している。

3.背後斜面の安定性
 大阪府市エネルギー戦略会議委員が大飯原発を視察し、「背面道路に全ての電源車を配置していることは背後斜面の崩落が起きた場合全台が機能しなくなる」と指摘する場面がよく報道で流された。しかし、原子炉の背後斜面は山を掘削して造成されたもので、原子炉建屋が設置されている岩盤と同等の強度がある。背後斜面の安定性評価結果もすべり安全率が2~4あり、非常に強固な岩である。こうした事実は伝えられていない。なお、関西電力はこの指摘を受ける以前から、リスク分散の観点から電源車の配置場所の分散を検討しており、すでに完了している。

4.使用済燃料プールへのアクセス性
 使用済燃料プールが設置されている33mのフロアーに直接アクセスできる背面道路が接続されている。燃料プールへの給水が必要な場合、扉を開けて消火水、海水を容易に送水できる配置設計になっている。なお、いざというとき給水栓とホースの接続にかかる時間を一分一秒でも短く、かつ、少ない人数でも対応できるようにすることも重要である。使用済燃料プールに限らず緊急時に接続操作が必要となる箇所については、給水栓とパイプ・ホースを簡単に接続できるよう、接続部分の仕様が変更されたそうだ。こういう工夫がいざというときに力を発揮することになるだろう。