原子力行政が取り組むべき優先課題
―放射性物質に対する国民の安心のために―
二瓶 啓
国際環境経済研究所主席研究員
7月から六回にわたり当サイトに放射性物質について解説したが、放射線に関する知識を持つ技術者のひとりとして、原子力行政が早急に取り組まなければならない課題をいくつか指摘しておきたい。
1.使用済み核燃料処理問題の早期決着を
原子力発電所を今後どうするかという議論を進めるためには、今回の事故による汚染の除去や補償問題への対応と休止中の原発の保安対策の検討が重要であるのは当然であるが、加えて、これまで十分に機能してこなかった使用済み核燃料処理という、極めて重要な課題の検討を忘れてはならない。この問題は早急にケリをつけるべきである。
現在各地の原発で保管している使用済み核燃料は、青森県六ケ所村にある日本原燃での処理を中心にガラス固化処理した上で最終処分する計画になっており、固化処理の一部を海外に委託している。六ケ所村の再処理の能力は限られ、またトラブル続きで稼働率が上がっていないようで、使用済み核燃料は各地の原発の敷地内で冷却しながら再処理の順番を待っている状態である。
六ヶ所村などで処理が完了したガラス固化体は約1,700個と言われる。一方、使用済み核燃料の総量はガラス固化体換算で23,000個とのことであり、ほとんどが未処理のままと言うことになる。固化体の重さが一個500kgとすると11,500tに相当する。なお、六ケ所村に貯蔵施設としてあるのはガラス固化物の一時保管施設であり、高レベル放射性廃棄物の最終処分場ではない。
フランスやイギリスなどの国はわが国の使用済み核燃料の処理を引き受けているが、最終保管まで引き受けることはない。原発の再稼働を止めても、すでに発生してしまった高レベル放射性廃棄物は、発熱量が減少するまで少なくとも今後50年は国内のどこかで管理し続ける必要があり、放射能が減るまで隔離するのであれば1,000年以上の時間が必要である。
たとえ国有地であろうと、だれでも居住地の近くに廃棄物処分場が出来るのは嫌である。それが放射性物質や使用済み核燃料であればなおさらである。人口密度が高く自然災害の多いわが国で、この問題に結論を出すのは極めて厄介な仕事であるが、これこそ政治の役割である。
欧米では高レベル放射性廃棄物を地下に貯蔵し放射能を減衰させるが、巨大地震の多発するわが国で適地を見つけることは困難である。東日本大震災以降、真偽はともかく全国各地にある断層が巨大地震と連動する活断層ではないかという不安を煽る報道が多くなって、処分場立地問題をますます難しくしている。
ところで、深海は水温が低く発熱するガラス固化体の貯蔵に向いている。ロンドン条約により廃棄物の海洋投棄は認められないが、管理された深海貯蔵設備であれば投棄ではないはずである。深海貯蔵技術を検討する時期なのではないか。
福島の事故が起こるまでは、この問題の専門家と環境問題に熱心な一部の活動家以外の一般市民が使用済み核燃料の処理問題に関心を持つことはほとんどなかった。
筆者は1999年秋に六ケ所村の再処理施設を見学する機会があった。そこには日本原燃の立派なPRセンターがある。事前予約で見学が可能であり、見学者は今年2月に通算200万人を超えたそうである。
漁業以外に目立った産業のない寒村にできた、たとえ戦闘機が突っ込んできても壊れないという設計の、今思えばストレステストの条件のひとつを満たしている防護壁に囲まれた立派な設備に感心した一方で、そこでできる「製品」の引き取り先が決まっていないという話も聞いた。このようなペースで日本経済を支える原子力発電の将来は大丈夫なのだろうかと不安になったものである。