原子力損害賠償法の改正に向けて⑤

―電力事業の資金調達力に与えた影響について―


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電力事業の資金調達力に対する影響

 そして今回の事故で、原子力発電は民間企業が負うにはリスクが大きすぎるとの認識が金融業界に広がり、電力会社の資金調達が困難になってきている。これは、第4回において述べた通り、免責要件があっても適用されがたいこと、また、上述した通り、事業者の責任が無限であれば、投資対象としての電力会社の地位は非常に不安定であることに起因すると理解される。

 森田章同志社大学教授は、国民負担を極小化することを基本に東京電力に一義的な責任を負わせ、政府が支援するという現行の対応スキームが、東電の資金調達能力を著しく劣化させ、皮肉にもかえって政府の負担を増やしてしまっていることを指摘している(3)。東京電力のみならず、原子力発電所を保有しない沖縄電力以外、震災から約1年間、それまで資金調達の柱であった社債をほぼ発行できなかったことをみても、事故賠償リスクの所在の不透明さから生じるファイナンスに対する影響は深刻だ。(2010年度は10電力合計で1兆50億円の社債を発行したが、2011年度は沖縄電力が6月に100億円、3月に東北電力が600億円を発行したのみであり、電力10社のファイナンスはほとんどが銀行からの借入金に依存しているのが現状である。)震災から1年4カ月以上が経って、関西・中部などもようやく社債発行の動きを見せているが、報道によると発行条件(金利等)は相当悪化しているという。

 第3回において、会社更生法による東京電力の法的整理が見送られた理由の一つに、現行の法律では、被害者よりも社債権者保護が優先となってしまうことをあげた。(電気事業法第37条は、「一般電気事業者たる会社の社債権者(中略)は、その会社の財産について他の債権者に先だって自己の債権の弁済を受ける権利を有」し(第1項)、その「順位は、民法(中略)の規定による一般の先取特権に次ぐものとする」こととしており、被害者よりも社債権者保護が優先されてしまう。これでは原賠法の目的の一つである被害者保護が十分に図られない事態になる。)
この電気事業法の規定は、社債権者を手厚く保護することにより、電力事業のファイナンスが容易になることを目的としたものだ。それほどに電力事業は中長期の設備投資が必要な事業なのである。
 2011年5月、当時の枝野官房長官は、銀行に対して東京電力に対する債権を放棄するよう求めたと取れる発言をした。このような発言もまた、電力会社の資金調達に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。
電力事業の経営基盤を不安定にして資金調達力を削ぐことは、中長期の設備投資を難しくして安定供給を阻害するのみならず、高利での資金調達は電気料金を上げる要因ともなる。国の措置を「間接的な支援」にとどめる現在の原賠法のスキームが与える影響を、広い視点でとらえる必要がある。

参考文献
(1) 我妻栄「原子力ニ法の構想と問題点」ジュリスト236号
(2) 竹内昭夫「原子力損害二法の概要」ジュリスト236号
(3) 日本経済新聞「経済教室」2011年7月12日
(4) 竹森俊平『国策民営の罠 原子力政策に秘められた戦い』2011年、日本経済新聞出版社
(5) 森田章「原子力損害賠償法上の無限責任」NBL、No.956(2011年7月1日)

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