原子力損害賠償法の改正に向けて④


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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現行の対応スキームから浮かび上がる問題点
免責について-この免責要件に意味はあるか-

 震災直後に大きな議論となったのは、この東日本大震災が同法第3条第1項ただし書に言う免責要件に該当するレベルの天災地変であったのかということだ。当初東京電力も免責の適用主張を検討していた様子が伺える。事故直後の東京電力経営陣は、「想定外」という言葉を繰り返しているが、これは「予見不可能な災害」に起因する事故であるという主張をにじませたものと推察できる。

 しかし、事故直後から政府が免責は認められない旨宣言し、東京電力は、免責の主張をせず(留保して)賠償を行なっている。原賠法第16条による国の「援助」を得られることを前提とした判断だと考えられるが、もし東京電力が免責の主張にこだわった場合、どういう事態になったか。6月26日に報じられた勝俣会長のインタビューは、原賠法の問題点、ひいては、今後の原子力政策を考える上で重要な論点を明確に浮かび上がらせており興味深い。
以下に産経新聞ニュース(1)に掲載された勝俣会長の発言を引用する。
「(弁護士に相談したところ、原賠法3条1項ただし書きで訴訟をすれば)、勝てる可能性というのは大いにあるということではあったんです。だが、やるときは被災者と裁判をすることになる。被災者が10万人いらしたら、10万人が訴訟を起こしてきて、それを受けて裁判になる。その間、賠償も実施されない。あるいは裁判が長引く。こんなことが耐えられるかという話だと思うんです。」
「ある意味で、原賠法がきちっとしていなかったということが、3条ただし書きを主張することに踏み切れなかった最大の理由だという気はしています」
株主や社員に対する責任と、被害者や顧客に対する責任をどう果たしていくかの狭間で揺れ動き、自らの判断で原賠法3条1項ただし書きを主張しないことを選択した後も、「愚策であったのか、良策であったかはむしろこれからの(東電)改革と原賠法、(原子力損害賠償支援)機構法の見直しにつながる話」と苦しい胸中を吐露している。

 勝俣会長が述べた通り、事業者が免責を主張すれば、被害者は、司法判断による決着まで数年単位の長い期間補償を待つ立場におかれ、事業者が免責となった場合は、改めて原賠法17条に基づく国の救済を求めていかねばならない。
 事業者は、裁判中相当の社会的非難にさらされ、ファイナンスの点でも支障をきたす恐れが多分にある。訴訟の結果、賠償責任ありということになれば、訴訟期間中に膨らんだ賠償額を負担することになる。
 国は裁判中被害者が補償を受けられない状態を放置することについて、事業者とともに強く非難される。
 こうしてそれぞれの立場にたって考えてみると、原賠法3条1項ただし書の適用を事業者が主張する状況を想定しがたいほどに、事業者が免責を申し立てた場合、あるいは免責となった場合の被害者保護が不十分、不透明な仕組みとなっている。免責条項があっても、実際問題として適用され得ないのであれば、その条項は無いに等しい。それは、事業者はいかなる場合であっても、無過失・無限責任を負うことを意味し、これはあまりにバランスを失しているのではないか。
 免責要件は限定されて然るべきだが、その解釈の不安定性を今以上に排除すること、そして、国と事業者の責任の明確化が必要だ。星野英一東京大学名誉教授(当時助教授)が「保険、特に国家補償との関係で立体的に見る必要がある」と述べている(2)が、その考え方は今でも当てはまる。また、上記に引用した勝俣会長が同じインタビューの中でコメントしている通り、民間事業者が原子力発電を担い続けるのか、国営化するのかというリスク分担の議論そのものにつながり、それは今後我が国がどのような原子力政策をとるかの重要な分岐点となる。

 今回政府は事故後かなり早い段階で、免責要件は適用しないと一方的に宣言した。国と事業者の責任について、議論が未成熟なままとなったことは将来に課題を残したと言わざるをえないし、政府が免責要件は適用しないと宣言するのであれば、今回の大震災及び津波という「天災地変」は、少なくとも政府にとっても想定内だったということになり、それまでの政府の安全審査・保安行政についての不作為(事業者に対する津波対策の強化指示などについての不作為)が問題となりうる。その場合には、国家賠償責任の問題も浮上することは必定だが、その点は政府が上記の宣言をした時点で内部的にきちんと検討されたのだろうか。もしされたのであれば、その検討内容を開示するべきだ。

 いずれにせよ、原賠法の第3条第1項については、制定に至るプロセスにおいて、国の措置や保険制度、免責要件の解釈や規制側・事業者側のリスク分担の在り方なども含め、立法当時から相当深堀りした議論がなされていた。このときの議論も踏まえ、今回の賠償処理問題とは切り離して、再度冷静な議論がなされることを期待したい。

(参考)
(1)msn産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120626/trd12062602070003-n1.htm
(2)星野英一「民事責任の問題」私法22号
(3)田邉朋行社会経済研究所上席研究員の電力中央研究所報告「福島第一原子力発電所事故が提起した我が国原子力損害賠償制度の課題とその克服に向けた制度改革の方向性」
http://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/Y11024.html

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