GDP拡大を求める発想の転換が必要に
浦野光人氏・経済同友会「低炭素社会づくり委員会」委員長/ニチレイ会長に聞く[後編]
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
円高を逆手に取るような発想が必要に
――これからの日本のあるべき姿について、浦野さんはどのように描かれていますか。
浦野:非常に難しいです。経済同友会は、「この国の姿」という形で将来展望を出しましたが、ここから先は、わたし個人としての考えをお話します。
もうすでに日本の人口が減り始めています。その社会背景のなかで、日本が目指すべき成長はGDP(国内総生産)の増大であるという主張がいまだに多いのですが、それはやはり、目標として私は違うと思うのです。GDPは、あくまで国内生産だけです。海外で日本人がどう活躍するかということも含めて、海外から持ち帰るものもあれば、海外に日本が債権を持っていて、そこで金利収入を得ることも考えられるでしょう。
お金がすべてではありませんが、GDPではなく、日本人1人あたりの所得が結果として上がっていくことが、ベースとして考えたときに一番だと思います。例えば、世界では、環境に関する日本の技術で真似したいものがまだたくさんあるわけです。そこを一つの成長の柱と考えると、ハードを国内で作るだけではなく、ソフトと一緒にその技術を海外で使ってもらう。インドや中国などの経済成長が著しい国で、日本が蓄積してきたノウハウを活用して温室効果ガスの排出量が減っていけば、世界中がハッピーになるわけです。そんなやり方が、私はあるだろうと思っています。今後も日本が製造業中心に進んでいくというのはたぶん違うだろうと思います。
――製造業は日本の根幹で揺るぎないものだと思っていました。
浦野:もちろん、製造業が日本の根幹であることは間違いありません。根幹である製造業が磨いた技術を海外で有効に使っていくという考え方をすればいいのです。国内でどんどんモノを作ることで製造業が栄え、製品を輸出することで日本の国が成長していくという将来像は違う話だと私は思います。
――つまり、産業の形態が変わってくるということですね。
浦野:その通りです。さらに言えば、日本国民は平均的に見たときに裕福でお金を持った国民です。ですから、今そういうお金を、いかに海外でうまく使っていくかが大事です。国内で使おうにもマーケットは縮小しており、結果として金余り現象が生じています。銀行も借り手がいないから国債を買うしかないわけです。
――マーケットはどんどん外に向かうということでしょうか。国内の産業空洞化が懸念されていますが、むしろ日本人が海外の拠点に行って働くことを考えるべきなのでしょうか。
浦野:空洞化して、それで何もしなかったら、それは本当の空洞化になります。しかし別に、国内にとどまり続ける必要はありません。国内が空洞化するのであれば、皆さん外に出ればいいじゃないですか。もっとも、若い人が海外に行きたがらないと言っているようではどうしようもありませんが(笑)。
――若者は視野を狭めず、広く考えてほしいですね。働く場は国内だけではないのですから。もちろん、私も含めてすべての働く人が考えるべき課題だとは思いますが。
浦野:そういう意味では、鳩山元首相が言った「東アジア経済圏」のような考え方は、決して間違いではないと思います。ただ、あれが米国に対するけん制のような目的で言っているのだとしたら見当違いですが。
アジアのなかには日本に文化的にも似通ったとこがあるわけですから、いかにアジアの皆さんと仲良くやっていくかは大事なことです。日本人はどんどん海外に出ていったらいいと思います。
――そういう発想であれば、将来についてもそれほど暗くならないように思います。
浦野:そうですよ。全然暗くない。まして、円高のメリットを活かそうと思ったら、海外に出るしかないじゃないですか。
――これからどうなるのかいう不安な気持ちを切り替え、むしろメリットを生かしながら海外展開していくということですね。
浦野:今、デメリットと思っていることを、メリットに転換するような発想をしていかないとダメです。もちろん、断固、円高に介入するのもいいですが、基本的に大きな状況は変わらないでしょう。輸出に依存している今の企業は円高で確かに困りますが、我々が海外にいくときには強みになるわけです。あるいは海外の企業を買収するなど、彼らと一緒にやっていく際、向こうに資本を入れようとしたときにはそれは大きな強みになる。発想次第で物事の展開は変わってくるのです。
【インタビュー後記】
「太陽光発電など再生可能エネルギーの普及拡大には基本的には賛成だが、長い年月の中で育てていくもので、短期的に多大な期待を寄せるのは誤りだ」と、はっきりおっしゃる浦野会長。「メガソーラーへの大規模投資はお金の無駄である」と発言され、太陽電池の研究開発を手掛ける大学研究室に所属する私は思わずドキッとしました。非常に厳しいご意見です。でも、ある意味そういうリスクをはらんでいる面も否めません。周りに流されず、芯の通った主張やご意見を伺うのは楽しかったです。何事も発想の転換をしてみると、違う世界が広がる可能性があることにも気づかされました。