GDP拡大を求める発想の転換が必要に

浦野光人氏・経済同友会「低炭素社会づくり委員会」委員長/ニチレイ会長に聞く[後編]


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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「エネルギーコストが2割も上がるのは国難」――。経済同友会「低炭素社会づくり委員会」委員長を務める浦野光人ニチレイ会長は、こう指摘する。原子力発電や再生可能エネルギーなど今後のエネルギー政策や温暖化対策について、また、日本のあるべき姿について率直なご意見を伺った。

昨夏の節電は代償が大きかった

――2011年夏の節電要請について、どのような影響があったか振り返っていただけますか。

浦野光人氏(以下敬称略):「節電」という言葉で語るのは少々問題がありますが、ピークカットという意味では大きな効果があったのは間違いありません。現実に、最大消費電力がどれだけ減ったかというと、東京と東北で約17%程度、関西・九州は2~3%でしょうか。ただし、このなかには、企業が休みを増やしたりずらしたりして対応した面もありますので、17%節約できたというわけではありません。企業が、例えば操業日を土日シフトしたことによって、最大消費電力が8割くらいで収まったという意味では大きな効果がありましたが、その代償も大きかった。

――具体的には、どういうことでしょうか。

浦野:例えば、操業日を土日にシフトすると子供を預ける場所がない。そんなことから始まって、さまざまなことが起きました。ピークカットには協力できましたが、企業としては生産コストが非常に上がりました。一方で、休日を増やしたことは節電につながりましたが、企業としては売り上げを失うことです。その部分で言えば、企業は相当な無理を強いられたわけです。でも、「国家の危機だから」と対応した。それでうまくいった。

 もちろん、夏の取り組みの効果がなかったわけではありません。例えば、スーパーの照明は今でも半分しか点いていません。そういう意味では、節電が根づいてきたと思います。今後、本当に家庭用と業務部門で平均3割節電できたら、日本全体の電力消費を10数%節電できるでしょう。その可能性が見えたかもしれません。

――危機は乗り越えたけれども、相当な無理を強いられたわけですね。

浦野:可能性は見えた。ハードウエアの助けがなくても、ちょっとした工夫と国民に対する働きかけ次第で、電力消費を「減らせることがわかった」という言い方はできるかもしれません。しかし、昨年の夏のやり方は決して正常な姿ではなかったと思います。産業界の節電について、「やればできる」という論調もありますが、それは言い過ぎです。

浦野光人(うらの・みつど)氏。1971年に日本冷蔵㈱(現在のニチレイ)に入社。情報システム部長、取締役経営企画部長、代表取締役社長を経て、2007年6月に代表取締役会長に就任、現在に至る。経済同友会では、「低炭素社会づくり委員会」委員長として温暖化対策に取り組む

今後の温暖化対策の焦点は、業務部門と家庭部門の削減

――日本の今後の温暖化対策についてはどう考えていらっしゃいますか。

浦野:「2020年に温室効果ガス25%削減」の大前提は、2030年には原子力発電が全発電量の約53%を占める計画でしたから、そこが崩れた今、単純計算では「そんなことはあり得ない」ということになる。それでも、今回の夏を過ごした後で考えてみると、本当に遠い数字かというと、必ずしもそうでもないだろうと思います。

――温室効果ガスは、まだ大きく削減できる可能性があるということでしょうか。

浦野:産業部門の削減の余地は、ほとんどないと思います。産業界の排出削減が大きく進むということは、海外への移転が進むということで、つまり日本のGDP(国内総生産)がなくなっていくと言う話です。しかし、日本全体の排出量の6割近くを占める運輸部門と業務部門、家庭部門の3部門で、厳しいかもしれませんが、3割削減の可能性はあるわけです。原発がまずまず動いていれば、新しい原発をつくっていかなくても、LNG(液化天然ガス)などの火力発電、あるいは石炭の新しい利用方法を含めて二酸化炭素(CO2)の排出を減らしていけるでしょう。

 2020年の目標には、まだ10年近くあるわけです。この3部門はハードやソフト、そして気持ちの面でも、産業部門に比べるとほとんど何もやっていなかったに等しい。ハード一つとっても、新しくつくる家の場合に、耐震と同じように、例えば「防熱は30㎝にする」「三重窓にする」「自家消費用に太陽光発電をつける」などを建築基準法で義務付ければ、温室効果ガスの排出量は大きく変わってくる。運輸部門では、排出量ゼロの電気自動車が登場するなどハードが大きく変わりつつありますが、ソフト面での取り組みも重要です。例えば、富山では「車がいらない生活ができるようにしよう」と、おじいさんもおばあさんも病院をはじめ生活に必要なすべてのところに電車で行けるような町づくりをしています。

エネルギー政策について知ることは国民の義務

――東日本大震災、福島での原発事故後、国民の意識の変化は大きいです。

浦野:マインドの部分では、2011年夏に、国民が本気で節電について考えた。1990年対比でエネルギー消費が3割以上増えているのは、家庭と業務部門だけです。マインドの部分でみたときに、これはいろいろなやり方がある。例えば全量買取制度も、再生可能エネルギーへの意識を高めるという意味では、経済というよりもマインドの話です。エコポイント制度は、国民の環境意識を高めるうえで大きな役割を果たしました。これから重要になるのは、まずは教育でしょう。

――どのような意味で教育が必要とお考えですか。

浦野:日本の持っている潜在的な能力、また日本経済の状況も含めて、総合的な視点でエネルギー問題を考える必要があります。「安全」はエネルギー問題を考えるときに大事な側面であることは間違いありませんが、それがすべてではない。経済効率性や安定供給、自然環境との兼ね合いを含め、考えるべき要素が多様であることを政治家は国民に向けて発信すべきだし、国民の皆さんにも学んでもらわなくてはいけない。安全に暮らす権利はありますが、一方で、国民の皆さんはエネルギー政策について知る義務があるのです。

――エネルギー政策を知ることが、国民としての義務というのは大事な視点ですね。

浦野:わたしは日本国民には知る義務があると思っています。そうでなければ、日本のような資源のない国が、安全を含めたさまざまな要素を考慮してベストな解を導き出すための国民的な議論ができないじゃないですか。

――これから温暖化問題にしろ、エネルギーを減らす努力にしろ、私たち国民が義務を担っていると言うわけですね。

浦野:その通りです。家庭部門と業務部門、運輸部門とが、ハード、ソフト、マインドの3つの側面からきっちりと見直しを行い、共通目標に向かって進んでいく必要がありますね。

「エネルギー政策について知ることは国民の義務」と浦野会長は語る

円高を逆手に取るような発想が必要に

――これからの日本のあるべき姿について、浦野さんはどのように描かれていますか。

浦野:非常に難しいです。経済同友会は、「この国の姿」という形で将来展望を出しましたが、ここから先は、わたし個人としての考えをお話します。
 もうすでに日本の人口が減り始めています。その社会背景のなかで、日本が目指すべき成長はGDP(国内総生産)の増大であるという主張がいまだに多いのですが、それはやはり、目標として私は違うと思うのです。GDPは、あくまで国内生産だけです。海外で日本人がどう活躍するかということも含めて、海外から持ち帰るものもあれば、海外に日本が債権を持っていて、そこで金利収入を得ることも考えられるでしょう。

 お金がすべてではありませんが、GDPではなく、日本人1人あたりの所得が結果として上がっていくことが、ベースとして考えたときに一番だと思います。例えば、世界では、環境に関する日本の技術で真似したいものがまだたくさんあるわけです。そこを一つの成長の柱と考えると、ハードを国内で作るだけではなく、ソフトと一緒にその技術を海外で使ってもらう。インドや中国などの経済成長が著しい国で、日本が蓄積してきたノウハウを活用して温室効果ガスの排出量が減っていけば、世界中がハッピーになるわけです。そんなやり方が、私はあるだろうと思っています。今後も日本が製造業中心に進んでいくというのはたぶん違うだろうと思います。

――製造業は日本の根幹で揺るぎないものだと思っていました。

浦野:もちろん、製造業が日本の根幹であることは間違いありません。根幹である製造業が磨いた技術を海外で有効に使っていくという考え方をすればいいのです。国内でどんどんモノを作ることで製造業が栄え、製品を輸出することで日本の国が成長していくという将来像は違う話だと私は思います。

――つまり、産業の形態が変わってくるということですね。

浦野:その通りです。さらに言えば、日本国民は平均的に見たときに裕福でお金を持った国民です。ですから、今そういうお金を、いかに海外でうまく使っていくかが大事です。国内で使おうにもマーケットは縮小しており、結果として金余り現象が生じています。銀行も借り手がいないから国債を買うしかないわけです。

――マーケットはどんどん外に向かうということでしょうか。国内の産業空洞化が懸念されていますが、むしろ日本人が海外の拠点に行って働くことを考えるべきなのでしょうか。

浦野:空洞化して、それで何もしなかったら、それは本当の空洞化になります。しかし別に、国内にとどまり続ける必要はありません。国内が空洞化するのであれば、皆さん外に出ればいいじゃないですか。もっとも、若い人が海外に行きたがらないと言っているようではどうしようもありませんが(笑)。

――若者は視野を狭めず、広く考えてほしいですね。働く場は国内だけではないのですから。もちろん、私も含めてすべての働く人が考えるべき課題だとは思いますが。

浦野:そういう意味では、鳩山元首相が言った「東アジア経済圏」のような考え方は、決して間違いではないと思います。ただ、あれが米国に対するけん制のような目的で言っているのだとしたら見当違いですが。

 アジアのなかには日本に文化的にも似通ったとこがあるわけですから、いかにアジアの皆さんと仲良くやっていくかは大事なことです。日本人はどんどん海外に出ていったらいいと思います。

――そういう発想であれば、将来についてもそれほど暗くならないように思います。

浦野:そうですよ。全然暗くない。まして、円高のメリットを活かそうと思ったら、海外に出るしかないじゃないですか。

――これからどうなるのかいう不安な気持ちを切り替え、むしろメリットを生かしながら海外展開していくということですね。

浦野:今、デメリットと思っていることを、メリットに転換するような発想をしていかないとダメです。もちろん、断固、円高に介入するのもいいですが、基本的に大きな状況は変わらないでしょう。輸出に依存している今の企業は円高で確かに困りますが、我々が海外にいくときには強みになるわけです。あるいは海外の企業を買収するなど、彼らと一緒にやっていく際、向こうに資本を入れようとしたときにはそれは大きな強みになる。発想次第で物事の展開は変わってくるのです。

【インタビュー後記】
「太陽光発電など再生可能エネルギーの普及拡大には基本的には賛成だが、長い年月の中で育てていくもので、短期的に多大な期待を寄せるのは誤りだ」と、はっきりおっしゃる浦野会長。「メガソーラーへの大規模投資はお金の無駄である」と発言され、太陽電池の研究開発を手掛ける大学研究室に所属する私は思わずドキッとしました。非常に厳しいご意見です。でも、ある意味そういうリスクをはらんでいる面も否めません。周りに流されず、芯の通った主張やご意見を伺うのは楽しかったです。何事も発想の転換をしてみると、違う世界が広がる可能性があることにも気づかされました。

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