奥平総一郎・日本自動車工業会環境委員長に聞く[後編]
6重苦を乗り越え、日本のものづくりを守りたい
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
東日本大震災により、自動車業界のサプライチェーンは大きな打撃を受けた。この未曾有の大災害に自動車業界はどう対応し、今夏の電力不足をどう凌いだか。今後のエネルギー政策への提言も含めて、日本自動車工業会の環境委員長を務める奥平総一郎トヨタ自動車常務役員に、澤昭裕国際環境経済研究所長が聞いた。
――インパクトとして円高等の直接的問題もありますが、エネルギーや温暖化対策等の環境の制約が産業空洞化にどれくらい影響があるとお考えですか。
奥平総一郎氏(以下敬称略):エネルギーもコストに反映されます。車づくり、ものづくりにはかなりの電力を使っており、状況によっては、相当な割合で電力費用が上がる可能性もあると思います。
しかし、それがそのまま空洞化につながるかというと、そうではありたくないと思っています。
――空洞化しないように努力するということですね。
奥平:我々は国内生産を守って、日本のものづくりを守りたい。しかし5重苦、6重苦の状況を解決していかないと、日本のものづくりは守っていけなくなります。
単に1企業が「空洞化を防ぐために頑張る」と言ってもなかなかできるものではありませんが、皆が日本のものづくりを守るという気持ちで協力し合えば、できる事もかなりあると思っています。
1979年3月、東京大学工学部船舶工学科卒業。同年、トヨタ自動車工業(現在のトヨタ自動車)に入社。第2トヨタセンターZEエグゼクティブチーフエンジニアなどを経て、2008年6月に常務役員に就任、現在に至る。技術統括部統括、東富士研究所管理部統括、第2技術開発本部本部長を兼務。現在、日本自動車工業会で環境委員長を務める
3.11以降も戦略は変わらない
ガソリン車が主力だがプラグインハイブリッドやEV、燃料電池車開発にもしっかり取り組む
――3.11以降、研究開発等で重点を何か置き換えよう、ここをより重点的にやろうなど、戦略は変わりましたか。
奥平:特に変わっていません。今まで通りに安全、安心、環境が優先されると思います。安全、安心、環境のためには、不断の技術開発が必要です。今後とも、しっかり取り組んでいきたいと思います。
石油資源には限りがあり、オイルピークが騒がれているなか、省エネ、脱石油の技術開発は、今までにも増して注目を浴びることは間違いありません。
これまでも我々が取り組んできた燃費のよいエンジン開発、エネルギーを回収するハイブリット技術、さらに外部からもらった電気エネルギーを使って燃費をよくするプラグイン・ハイブリット、EV(電気自動車)、水素を使った燃料電池車と、省エネ、脱石油の技術研究、開発は今までもやってきていますし、今後も変わらないだろうと思います。
――今回の電力のリスクをみて、EVの可能性についてはどうでしょうか。
奥平:電気エネルギーは二次エネルギーとして、使い勝手がよいエネルギーです。よい電池が開発できればEVが広がる可能性はあると思います。
EVの現在の問題点は、電池が非常に高価であること、電池のエネルギー密度が低いため体積が大きくなり重くなること。また、インフラが不十分で、充電に時間がかかるといったことがあります。しかし将来、連続非接触充電、非常にコンパクトで安価な電池など、技術のブレーク・スルーがあれば、EVが増えるのは間違いないと思います。
――徐々にガソリン自動車からEVへと置き換わっていくのでしょうか。
奥平:すぐにガソリン車からEVに置き換わるかというと、疑問があります。ガソリンはエネルギー密度が高く、利便性から考えると、EVが現状のままではガソリン車の代替となることは難しいと思います。ただ、EVはゼロ・エミッションなので、将来、コミュニティのなかの移動手段などに広がっていくと思います。
我々は電池の技術開発に力を入れていきますが、まだ開発要素に難しいところがあります。ゼロ・エミッション車としては、水素を活用した燃料電池車が割と早く実用化できるかもしれません。
温暖化問題に車の省エネ技術はどう貢献していくのか。
――温暖化問題について伺います。プリウスをはじめとして低炭素の省エネ技術が日本の強みになってきました。その製品を途上国へ輸出したり、あるいは先進国同士での技術開発、技術移転したりすることにより、地球全体の二酸化炭素(CO2)を減らすことに役立っていくと思われます。今後、この問題にどう取り組んでいくつもりですか。
奥平:日本製品は環境に優れたものが多く、環境技術をとことん追求してきています。日本は資源がなくエネルギーコストが高いため、開発の強いニーズがあった。このことが有利に作用したと思います。
もともと日本には、「もったいない」という発想があり、使いたい放題を好まない文化があります。そういう意味で今回の節電も、皆が自主的に取り組むことができたと思います。また、それぞれの製品コンセプトのなかにも、「もったいない」という考えが入っていると思います。自動車にとどまらず、エアコンなどの電気製品の省エネ性能も良いですし、ものづくりのプロセスも省エネルギーになっています。
日本には省エネ技術はたくさんあり、それを海外でもできるだけ使っていただきたい。海外の方々からそういう技術の提供を要望されれば、我々はできる限りの協力をしていくべきだと思っています。
「日本の省エネ技術を海外でもできるだけ使ってほしい」と奥平氏は話す
今後、エネルギーを最小限に節約しながら使っていくハイブリッド技術が重要
――よく言われる「原子力か、再生可能エネルギーか」というのは不毛な議論で、両方やればいいわけです。再生可能エネルギーのなかでも、太陽光や風力、バイオマスなどいろいろありますが、自動車の機能の多様化につながっていく技術要素が含まれ、連携して進められるものはありますか。
奥平:今、車で使っているエネルギーのほとんどが石油です。2020年や30年になっても、まだ多くを石油に依存せざるを得ないと思います。
そのようななかで、コンベンショナルなエンジンの燃費をよくしていくことが、まずは大事な技術だと考えています。そのために、例えば、「加速の時に使ったエネルギーは減速の時に回収する」「止まっている時には必ずエンジンを止めるスタート・アンド・ストップ」「エネルギーをうまく使うためにモーターを使う」などの技術が必要となってきます。エネルギーを最小限に節約しながら使っていくための技術として、大きな意味でのハイブリッド技術が非常に重要だと思っています。
――ハイブリッド技術には注目していますが、具体的にどのような可能性がありますか。
奥平:いろいろな形で生成される電気エネルギーがありますが、CO2の排出の少ない電気エネルギーがよく、ソーラーや水力から取れたエネルギーがよいでしょう。電気エネルギーはインフラですから、グリッドでいただければ、それを「できる限り使う」ことが大事になります。
できる限り使うためには、バッテリーが要です。自分が1日走る距離だけを充電して、それを使い切るのが一番節約になります。それ以上にバッテリーを持つことは、どちらかというと無駄になりますし、余計なエネルギーを使い無駄なコストを使うことになる。だから、1日に20kmを普通に走る人が、20km分の電気をためる電池で走ることが一番合理的です。
ただ20kmで急に止まる車は恐いですね。10km走ったところで、あとどれだけで止まるかなという心配はしたくない。そういう意味で、我々はプラグインハイブリッドで、20kmは電気自動車で走ることができ、残りはハイブリッドになるというのが一番現実的な解ではないかと考えています。電池が極端に安く、小さくなってくれば、完全に置き換わるかもしれませんが。
――車のバッテリーだけではなく、家庭用のバッテリー等いろいろな蓄電池の可能性について、技術開発の見込みはどうでしょうか。
奥平:まだ時間がかかると思います。しかし、電池技術は日々さまざまな研究が進められていますので、段々とレベルアップしていくのは間違いないでしょう。
――レアアース等の資源確保についても課題です。
奥平:レアアースは今、非常に高騰しており、我々の企業活動にとって大変なインパクトになっています。たぶん我々だけではなく、日本のいろいろな産業で問題になってくると思います。我々がやれるのは、レアアースの使用を少なくした製品を作っていくこと、レアアースをリサイクルすること、そして将来はなくすことだと思います。そういう意味で、どれにも今取り組んで、開発しようとしています。
――最後に、政府への提言なり要望がありましたらお聞かせください。
奥平:6重苦の中、一緒にできることを探して、協力していきたいと思います。
「日本のものづくりを守るために、官民一体の努力が必要」と話す奥平氏と澤所長
ものづくりにかけては世界最高峰のトヨタ自動車。そのトヨタが、この震災で初めてサプライチェーンの複雑さに気づいたという。現代のものづくりは、企業間や人的な「つながり」がその本質なのかもしれない。「空洞化」についての議論も、単に工場が国外に移転するということだけを対象とするのではなく、技術や生産の扇のカナメの部分が国内に残るかどうかということが重要な視点だ。円高やTPP問題に加え、電力の安定供給問題など、日本という国が生産に適した事業環境を提供し続けることができるかどうか、瀬戸際に立っている。奥平氏の語り口は静かだが、そうした幾多のハードルをクリアして、日本にとどまるんだという強い意志が伝わってきた。今後とも日本の自動車産業が諸外国のモデルであり続けるためには、技術力、生産力に磨きをかける不断の努力が重要だ。そのためにエネルギー・環境政策がどうあるべきか、重要な課題が突きつけられている。